北野天満宮と京都観光
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「北野天満宮」京都ウエストサイド物語
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「北野天満宮」天神信仰
北野天満宮は学問の神様「菅原道真」を奉る神社です。
京都観光に合わせて、合格祈願におとづれる人々が
ここに掲げる絵馬の数、なんと毎年10万枚。
全国にある、天神信仰の元締め的存在であり
国宝「北野天神縁起絵巻」は必見です。
そして、何と言っても25日は天神さんの日ですヨ。
祭神菅原道真公の誕生日と忌日が同じ25日ということで、
毎月盛大で楽しい市が開催されます。 |
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国宝「北野天神縁起絵巻」 第五巻第四段「清涼殿落雷」
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くわばら くわばら
菅原遺真は五歳にして和歌を詠み、十二歳で漢詩を読んだ神童で、
弘法大師、小野遺風とともに書道三聖ともいわれる人であります。

平安前期は藤原氏一族の全盛の世の中で、
藤原氏以外は出世できないといわれたなかでも、
神童であった菅原道真は右大臣にまで昇進します。
しかし、左大臣・藤原時平の中傷により太宰府に左遷配流され、
悲嘆のうちに亡くなってしまいました。

大宰府へ左遷
ところが死後四十数年後にして、菅原道真の霊が、
多くの神官や僧侶の夢枕に立ったといいます。
当時、都では疫病が流行し、落雷や火災が相次いでいたため、
これは道真の怨霊の崇りであろうと恐れられました。
なぜなら、京都中に何度落雷があっても、
たった一箇所だけ落雷の難に遭わないところがあったのです。
そこは道真の邸があった、桑原の地でした。

それ以来、人々は雷が鳴りだすと、
「桑原、桑原」と呪文を唱えるようになったそうです。
しだいに道真の怨霊を恐れる風潮が高まり、ついに時の天皇は、
北野にあった天神祠の傍らに霊廟を建て、
天満大白在天と呼んで、その霊を慰めました。
北野天満宮の起こりです。
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