「妙心寺塔頭」と京都観光

 京都 妙心寺 境内散策路

「妙心寺塔頭」京都ウエストサイド物語
    


妙心寺の塔頭めぐり


妙心寺には塔頭(たっちゅう)がたくさんあります。
塔頭とは元々高僧の墓のことで、
その近くに小庵を建てて弟子たちがそこを守っていました。
それら小庵は、明治以降に寺として独立したため、
妙心寺のまわりにはたくさんのお寺が存在します。

非公開の塔頭が多い中、いくつかは通年公開されており、
また季節により特別公開もされることがあります。
妙心寺を歩いてみよう

境内の通路はすべて花崗岩の石畳で連なってい る
 大本山である妙心寺はたくさんの塔頭群を擁し
地図を見てもその大きさは他を圧倒しています。
有名な龍安寺もその塔頭のひとつにすぎませんでした。

「妙心寺」は戦国以降、数々の大名から帰依を受けてきた経緯があり、
そうそうたる武将達の名前を数え上げたらきりがなく
歴史好きにはたまらないスポットです。

また妙心寺の禅の教えは古来より己に向けた修業を重んじており、
他宗派のように布教活動のために多くの人に
拝観を促すような事はしてきませんでした。

そのため非公開の塔頭が多く、すべてが拝観できるわけではありません。
近年京都市は冬場の観光客誘致に力を入れ始め、
今まで完全非公開であった塔頭もその門戸を
少しづつ開いて下さるようになりました。

実際のはなし、光に弱い襖絵や絵画などは、
非公開だったお陰で劣化が少なく
数百年の時間を越えたとは思われない見事さです。

どうしても拝観してみたい塔頭には、
事前にその熱意を誠実に書面にして郵送してみるなりの努力をすれば、
志が通じる事があると聞きますので、
事前によく調べて訪れることをおすすめします。

しかし、伽藍の見学や、通年公開の塔頭だけを拝観、鑑賞して廻ったとしても
たっぷり一日はかかって、すっかり満腹になること請け合いです。
妙心寺 注目スポット
 
勅使門(重要文化財
 本山の南門西にある「勅使門」は親柱二本、
控え柱四本からなっており、様式名を「四脚門」といいます。
南総門
北総門
放生池
蓮 池
三門(重要文化財)
 東福寺三門、大徳寺三門に次いで古い三門建築です。三門とは空・無相・無作の3つの解脱を現します。この禅宗様式の三門は1階に比べ2階がやや小 さい構えで、全体のバランスを見事に保っています。上層には須彌壇が置かれ観世音菩薩像、善財童子、月蓋長者、十六羅漢などの木造が安置されており、彩色絵は狩野権左衛門の筆です。
仏殿(重要文化財)
 入母屋造本瓦葺(いりもやづくりほんがわらぶき)の上屋根と裳階(もこし)の屋根の大小の均整もよく、外観はきわめて落ち着いた姿をみせています。
法堂(重要文化財)
 妙心寺で最も大きい建物で、1656年に建立され、本山の重要な儀式が行われる所。この大きな建物を建てるのに、建築用材の確保に苦労したようで、柱は富士山麓のケヤキ、屋根の大梁2本は宮崎県の松を京都・淀まで船で運び、淀から1本にづつ車に乗せ、それぞれ70頭の牛に引かせて京都まで運びました。京の町の辻では民家を壊さなければ回 りきれなかったというエピソードが残っています。
大方丈(重要文化財)
方丈はもと住持の居所を意味しましたが、今は檀信徒の祖先を祀って、その供養を行う所、また、説教、講演その他の会合の場所ともなり、多数賓客を応待するところになります。128面の襖絵は狩野探幽と益信の作。
大庫裏(重要文化財
庫裏は寺院の台所で、僧侶が日常の生活をした場所である七堂伽藍の一つです。妙心寺の庫裏は、きわめて巨大であり、簡素で雄大な建築物として知られています。土間には庫裏の守護神・韋駄天(いだてん)像がまつられ、大きなかまどが 並んでいます。かまどの煙は屋上高く作られた煙出しから抜けるようになっています。
玉鳳院(重要文化財)
玉鳳院は、もと花園法皇の離宮跡といわれており、花園法皇の御法体姿の木造が安置されています。創建当時の建物は、応仁の乱で焼失しました。 院内には花園法皇の「往年の宸翰(しんかん)」(国・重文)が残っています。また豊臣秀吉の第一子・棄丸(すてまる)の霊屋・祥雲院殿などを擁し、秀吉が妙心寺で棄丸の葬儀を行った際 に寄進した、棄丸の木造玩具船(重文)などもある。
開山堂(微笑庵)(重要文化財)
 開山堂は山内現存最古の建造物です。また、この一廓(いっかく)は妙心寺のなかで最も神聖なところです。堂内正面奥・昭堂に開山さまの尊像が安置されています。
毘盧蔵経蔵(重要文化財)
 江戸初期の建物で,宝形造本瓦葺で外観は佛殿に比べて簡略化されている。堂内の中央に6,572巻の一切経を納めた輪蔵があり八角形回転式となっている。古来より輪蔵を心をこめてひとまわしすれば、経文を全て読誦したのと同じ功徳が得られると伝えられている。
退蔵院 (通年公開)
 退蔵院は今から600余年前に建立された山内寺院中、屈指の古刹です。室町時代に築かれた方丈庭園が有名で、狩野元信の作庭といわれ、絵画的手法を取り入れた枯山水です。方丈の廊下に掛けてある「瓢鮎図」(国宝)は水墨画の祖といわれる如拙の代表作ですが、展示されているのは江戸時代の模作です。tel(075)463-2855
オフィシャルサイト
桂春院(通年公開)
 桂春院には趣の違う4つの庭があります。「侘の庭」は、猿戸によって外露地と内露地に分かれ茶室「既白庵」に通じています。妙心寺では修行の妨げになるとして、茶の湯、香、生け花などは表向き禁止されていました。修行を終えた老僧たちの間で表だてず静かに行われていた様子が、目立たぬように奥まったところにある茶室からうかがうことができます。
 tel (075)463-6578
大心院(通年公開 宿坊有り)
 コケの美しい「阿吽庭(あうんてい)」は書院前にあり、築山を配し下部には州浜形の曲線によって白砂面を変化させています。コケと白砂の陰陽、五色、十七個の岩との調和の美しい枯山水庭園です。
 tel (075)461-5714
沙羅双樹の東林院
 沙羅双樹はお釈迦様が涅槃に入る時に枕元にあった木。妙心寺の塔頭・東林院には樹齢300年、高さ15mの沙羅双樹がある。梅雨時に儚く散る純白の花びらに思いをめぐらせて。宿坊ではご住職自ら腕をふるう精進料理が頂ける。6月12〜30日のみ境内公開・沙羅の花を愛でる会(入場料1500円抹茶付)。tel (075)463-1334
樹齢120年の五色椿 慧照院
 越前福井の藩主、松平忠昌の正室花姫の菩提所に、樹齢120年の五色椿が色を添える。妙心寺山内の宿坊・花園会館、大心院、東林院に宿泊された希望希望者に特別拝観。
 tel (075)463-7056
蚕の寺 大雄院 限定公開
 大雄院は、客殿、書院、庫裡、表門は京都府指定の登録文化財。特に庫裡は江戸末期に改装された貴重な建物とされている。客殿では蒔絵師の柴田是真作の襖絵を見ることが出来る。また住職は農学博士で交配を重ねて研究してこられた蚕繭紙(さんけんし)と繭(まゆ)が展示されている。
 tel (075)463-6538
衡梅院
方丈の障壁画は法眼春卜の作。 方丈庭園は一面の杉苔に楓石組みを配したもので、茶室(長法庵)、梵鐘(重美)などがある。 非公開。申し込みによりグループで座禅会。
隣華院
方丈の紙本墨画山水図(重文)は、南化と親交があった長谷川等伯の筆。京狩野派として活躍した江戸後期の絵師、狩野永岳の「四季花鳥図」、「紅葉図」などの鮮やかな襖絵は、桃山文化の粋を彷彿させる。
春日局の香華寺 麟祥院
 徳川家光が、京都入した際の春日局の香華寺として創建。東京には湯島に春日局の菩提寺として天沢山麟祥院があり、取り扱いは湯島の麟祥院と同等とされる。小堀遠州作とされている春日局の木座像。霊屋室内の張付壁は狩野貞信筆。 まれに特別公開あり。

山内一豊夫妻の菩提寺 大通院
山内一豊の子湘南宗化が入寺して以降、山内家の菩提寺となった。境内には、山内一豊とその妻、千代の御廟があり、内部には夫妻の卵塔の墓石があり、肖像画「山内一豊画像」、「妻千代画像」も祀られている。通常非公開
春光院
 狩野永岳の描いた襖絵「月と雁」「太公望」などがある。伊勢神宮をあらわした枯山水の「さざれ石の庭」や、方丈西の「常盤の庭」。面白いのは、南蛮寺の鐘(重文)。十字架1577の西暦とIHS(イエズス会の紋章)が彫られている。日本最初の南蛮寺のもので、キリスト教禁止になった後、あちらこちらの寺を転々としてきたらしい。キリスト教は禁止の時代、朝鮮渡来のものと偽っていたそうだ。通常非公開
龍泉菴
 方丈は、山内塔頭でも最大規模で、江戸後期の特徴を伝える遺構として貴重な存在。内部の襖絵は、堂本印象に師事した日本画家の由里本出氏による平成の名作です。寺宝の長谷川等伯作「枯木猿猴図」は重要文化財に指定されています。
大法院
 山の中の庵をおもわせるような静かな雰囲気。 真田家の菩提寺。 佐久間象山の墓もある。 襖絵は「叭叭鳥図ははちょうず)」という江戸中期に描かれたもの。 庭は樹木や苔が自然で良い。
11月のみ公開
 tel (075)461-5162
天球院
 建物は江戸時代の禅宗方丈様式の典型であるが、襖絵は狩野山楽・山雪父子の筆による花鳥動物を題材にした金碧で禅宗ではめずらしい。 伏見城の遺構「血天井」がある。
非公開
如是院
 事前の申し込みによりグループで座禅会ができます。
 tel (075)461-2891
霊雲院
  書院は天皇の御座所「御幸の間」があり、書院成立時の古型を保存している。 庭園は室町期の枯山水式庭園。子建西堂の作庭と伝わる。障壁画に重文、伝狩野元信筆など49幅。 毎月第二日曜日に、わかりやすい禅の法話会・座禅会があり自由に聴講できます。
 tel (075)462-4648
花園会館
妙心寺が経営する、ホテル型宿坊。
和室、洋室、大浴場完備。多目的ホールもあって会議やイベント、宴会までできます。一階にはレストランもあり、お一人から宿泊可能で、一泊6,800円。
Tel : 075−461−6857
Fax : 075−461−6825
寿聖院
寿聖院は、妻の先祖の菩提寺ということで念入りに紹介します。この寺は石田三成が、父石田正継の菩提所として創建しました。石田三成というとテレビの影響か家康に刃向かった横柄な小物のイメージがありましたが、知る程にその印象は変わりました。逸話も多く、関が原の合戦で敗軍の将として六条河原で処刑されますが、その後家臣の無能に嘆いた家康が「わしに三成のような家臣がいてくれれば」と言わしめた程です。三成の墓所は大徳寺の三玄院にありますが、三成の長男が関ケ原戦後ここ寿聖院に逃れて出家し、境内の一隅に石田一族の供養塔を建立しました。今では私は「時流に抗った正義の男」三成のファンです。 
tel (075)462-3905
妙心寺鐘(黄鐘調の鐘 国宝 奈良時代)
 
 徒然草に「およそ鐘のこえは黄鐘調なるべし…浄金剛院の鐘の声また黄鐘調なり」とあるその鐘です。日本最古の釣鐘で黄鐘調ともいい、日本三大銘鐘のひとつです。
明智風呂 (重要文化財)
「明智風呂」と呼ばれており、本能寺の変の後に、明智光秀が立ち寄ったというエピソードから、光秀の菩提を弔うために創建したものです。実際に昭和初期までは使われていました。
塔頭拝観についてひとこと

 塔頭紹介の欄に電話番号が記載されている塔頭と、記載がない塔頭がありますが、これは妙心寺の公認パンフレットによる記載の通りです。

つまり、記載がない塔頭は檀家以外の方の、観光を目的とする拝観をあまりたくさん受け入れたくないのです。各塔頭には普通の街のお寺のように、それぞれの檀家の方々の先祖代々のお墓があり、神聖な霊域として守られています。興味のある方は、特別拝観情報などを調べるか、郵送にて確認される事をおすすめします。

妙心寺の住所:〒616-0835 京都市右京区花園妙心寺町1
TEL (075)461-5226   妙心寺ホームページ



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