斎宮は占いによって選ばれたそうですナ。
それは、それは大変名誉なことだったといいますが、推測するに、
いつ戻れるかもわからず、巫女として女の喜びも捨ててまで、
斎宮になることを喜んで、伊勢くんだりまで赴く皇女は、
たぶんいなかったでしょうねえ。

伊勢神宮(内宮)
14世紀の後醍醐天皇の頃まで、天皇が変わるたびに皇女のひとりが
巫女として使えるために、伊勢神宮へ赴任しなければなりませんでした。
戻ってくるには天皇の崩御、父母の不幸、または譲位の際と定められており、
出発前には1〜2年の「潔斎」という、身を清める期間がありました。
その潔斎が行われたのが野宮でした。特定された場所はなく、
京外の清浄な地とされ、多くは嵯峨野にあったそうです。
一時的に造営される殿舎は、一代で取り壊されるならわしで、
このため伐採したままの「黒木の鳥居」が野宮の象徴とされたのです。
都に帰ってきてから、結婚をした前斎宮はほとんどなく、
多くは生涯独身で、ひっそりと暮らしていたものと思われます。
現在の野々宮神社が、どの天皇の皇女の潔斎場の跡地だったのか、
特定するのはむずかしいそうです。
「葵上」と「野宮」
野々宮といえば源氏物語第十帖(賢木:さかき)の
六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)をチェックです。
斎宮の母である六条御息所に会いに来た光源氏は、
なんと最後は神聖な野々宮に入り込み、再び六条御息所と
そこで、一夜を共にするという大胆さ。
野々宮という場所が神聖なだけに、
大変エロチックに感じるのは私だけ?。
「葵上」では、高貴で教養高く、六歳も年上の六条御息所が、
プレーボーイの光源氏をめぐって、車争いで因縁のある
正妻 葵上を、お腹の子供もろとも呪い殺そうという壮絶なもの。
泥眼 般若
舞台で六条御息所は、「泥眼」という能面で登場します。
眼もとに怪しい凄みをたたえた恨みを持つ女性の顔、そして
最後には恐ろしい「般若」となって呪いをかける。
謡曲「野宮」も御息所が霊となって現れますが、
「葵上」の「動」に対して同じ人物を扱いながら、
寂しさ、と幽玄さ「静」を表現して対照的です。
謡曲 野宮
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じゅうたん苔

縁結びの祈願

お亀石に触れると願いが叶うという

「近代能楽集」で能を世界に紹介した三島由紀夫は、
「卒塔婆小町」「葵上」「斑女」の三本を
『Long After Love』と表現した。
野々宮神社は観光客も多く、「縁結び」のご利益や
触ると願いが叶う「お亀石」などで常に賑やかな状態ですが
実は、平安時代の皇女たちの涙で
あふれていた所なんだなあ・・。 |