日記のページ803


 嵐電 沿線駅紹介

京都ウエストサイド物語日記



年齢とともに忘れっぽくなりました。
日常の出来事や思いついたことを書き留める日記帳です。
雑多なたわごとの書きなぐりですので、気になさらずに・・・

ログビルダーに憧れて

2008年5月22日(木)
薬草

癌に効くという薬草茶を作るためにスギナとヨモギを摘みに行った。
ハルさんをデイサービスに送り出してから、お弁当をこしらえた。
玄米おむすびに黒胡麻をまぶし海苔で巻いただけだが、
おかずのほうれん草入りの卵焼きとお漬物で完全食だ。

しばらく休んでいた篠笛サークルの練習日だったので
妻も一緒に挨拶に行くとみんなで歓迎してくれた。
スギナとヨモギを摘みにきたのだというと、
みんな口をそろえて、うちにもあるから摘みに来いと言ってくれた。

遠隔療法の先生を紹介していただいた西村さん宅のまわりは、
10年以上無農薬の地面だから安心して薬草摘みができる。
お宅で、持参のおむすびを食べ自然食と健康法について話が弾む。
やがて日本が置かれている食糧事情や食の安全
穀物と原油高の問題と格差社会についてまで話は発展する。
世界はどんどんあらぬ方向へ加速度を増して進んではいないだろうか。
100年前とどちらが幸せな世界だったか明言できる人はいないだろう。
はっきり言える事は、人間はいつまでも愚かであり、
科学技術が社会を便利にし、最後は人間を滅亡させるのであろうということだ。

楽しい昼ごはんと雑談のお陰ですっかり薬草摘みが遅くなってしまった。
下雑草を刈ったばかりだったので大量に生えていなかったが、
それでも大きなポリ袋に4杯ほど摘んで、
ハルさんが帰ってくる前にと急いで帰宅した。
ピクニック気分の作業で楽しい汗がかけた一日だった。

2008年5月21日(水)
気功

遠隔療法もただ受動的に受けているより、
多少なりとも知識を深めれば
より一層効果があるのではないかと思い、
ネットで検索したりして本などを購入して
現在、知識を広げている最中だ。

気功ブームというのが10年ほど前にあったという。
私は良く覚えていないが、妻が言うにはお店のお客さんも
それにハマり、高価な気功グッズを買わされた話をした。
気功で病が治るという現象を、超能力や宗教と勘違いさせて
金儲けをしていた人間も多かったし、気功師にもいろいろいて
何万円もの治療費を要求する者もいたらしい。
手をかざしただけで病気が治ればたしかにキリストではないか、
などと思い妄信してしまう気持ちも病人を抱える家族としてよくわかる。

しかし、いろんな本や情報を得ているうちに、
気功がまやかしかもしれないという気持ちはなくなってきた。
治りたい気持ち、治してあげようという祈りは、
本来世界万国の昔からあった治療の基本だという。それより
戦争による大量の傷病兵を治療してして再び戦場へ送り出す
再生工場のような医療場が必要となって解剖学が発達し、
とりあえず使える体にしてしまう西洋医学のほうが
癒やしという言葉が似合わない世界のように感じてしまう。

2時間待って3分の治療という流れ作業の医療。
カルテを見ないと患者を思い出すこともできない医者。
検査とデータで薬を処方するだけならコンピューターで
よいではないかとすら思ってしまう。

癌を発症しやすい体質と太鼓判を押された妻が、これから
どう心を安らかに楽しく人生を全うできるかを考えるとき、
そこには、人間としての生き方の本質を問われているような気がする。

気功が絶対などとは思わないが、体に良い食事や生活習慣を身につけ、
邪気のない生活をみにつけることが気功の基本であるし、
楽しい生きがいや趣味を持ち、理解しあえる家族や友人たち
全幅の信頼ができる健康アドバイザーでもある医師が居る事の安心感。
そんなトータルな気のエネルギーが大切なのだと思うようになった。

2008年5月19日(月)
生活習慣

妻の乳がん発症、私の下血騒動、遠隔治療の開始などがあり、
たくさんの友人たちから、体に良い食品や参考になる本などを頂いた。
血のしたたるステーキや生クリームのケーキを食べない生活など考えられなかったが、
無農薬による玄米と野菜中心の食生活に変えてみるとなかなか快適である。

たんぱく質は豆腐や魚が中心だが、別に肉を毛嫌いするわけではなく、
食べたくなれば食べればよいという考え方でいいのではないだろうか。
でも、徐々にゲームのような感覚になって、野菜でどんな料理や
バリエーションがあるかいろいろやってみたくなり、あまり肉に興味が湧かなくなった。
まあ、私の好物である日本酒は肉より野菜や魚に良く合うということでもあるのだが・・・

私は、身長が180cm以上あり体重も80`以上あるが手足は細い。
つまり体重のほとんどはお腹周りに集中し典型的なメタボなのである。
玄米と野菜中心で腹八分目の生活をするようになってまだ半月だが
規則正しい排便になり、妻も快便になったと言っている。
体重も78`台になってお腹も2cm縮まったのは少しうれしい。

2008年5月18日(日)
遠隔治療

篠笛メンバーのご主人が以前、末期がん宣告の末に
生還されたという話を聞いていたので相談してみると、
すぐ翌日にわざわざご夫婦そろってお見舞いに来てくださった。

そのご主人は大学の先生で、有機農法に関しては日本有数の研究者であり、
著書も出版されており社会的にも信頼できる方である。
11年前に異常に体重が減り疲れやすくなたあげく下血したことで、
てっきり大腸がんと思って精密検査したところ、
なんと末期の膵臓癌と宣告されたそうだ、
膵臓がひょうたんのように膨れ上がり、もう手の施しようが無く、
投薬しても2年ももたないとも言われたそうだが、
紹介された東京の鍼灸医に遠隔治療を半年間受けたら全快したというのだ。
今では、大変お元気で精力的に全国を飛び回って講演活動をなさっている。

遠隔治療というのは気功療法の一種で、遠くの場所から気を送り、
患者を治すという摩訶不思議な治療法だ。
そんな治療法は初めて聞いたし、普通なら眉唾なたわごと、
または変な宗教のようなものと決め込んだかもしれないが、
経験と分析で物事を考える学者が、自らの口で話される内容には、
とても説得力があった。
すぐにその先生を紹介していただき、早速に1ヶ月間の遠隔治療が始まった。、

ネットで気功というものを調べてみると、なんと
当たり前のように遠隔治療について語られているではないか。
紹介された先生は、東洋医学についての本も2冊出されており、
沢山の人が五つ星のブックレビューを書かれていた。
私もそのうちの一冊を購入して読んで見たが、なるほど
東洋医学の哲学と奥の深さに感動する書物だった。

今回、妻の主治医が手術後の受診で説明してくれたのは、
人間は日々古い細胞から新しい細胞へと再生を繰り返しているが、
加齢などの原因で遺伝子を新しくコピーする際にほんの少し
ミスプリントをするようになり、それがキッカケで
がん細胞になっていくのだと説明してくれた。
30代から乳がんになり今回で3回目の妻は、
3回ミスプリを犯したのだろう。しかし、
そんな説明を聞いて何になるのだ。
「あなたの体は30代からミスプリを犯しやすい体で、
これからもそのリスクは多いですよ」と言っているだけではないか。
癌を克服するための本質的な助言はなく、残ったがん細胞を殺す放射線治療と、
前回も前々回も飲んだ抗癌剤やホルモン剤を今度も勧めるだけだ。
つまり、西洋医学にはできてしまった癌に対する対処療法しかないのだ。
なお助言を求めるとすれば「体に良い食事とストレスの無い生活を」という
近所のタバコ屋のおばさんでも言える内容を繰り返すだけだろう。

2008年5月16日(金)
第三の悪性腫瘍

腫瘍は検査の結果やはり悪性のものだった。
左右の乳房を全摘出しているにもかかわらず
そこにできた腫瘍はそのどちらのタイプでもない乳がんとのこと、
担当医師も首をかしげているようだ。
つまり再発ではないということだが、それが本人にとって
良いことなのか悪いことなのかまだよくわからない。

困ったことに執刀医師に新たな癌ということが念頭になかったようで、
摘出に際して腫瘍のまわりの細胞の取り方が少なかったらしい。
そう言われても、患者としては困惑する。
万分の一の確立も考慮して手術してほしかったと言うほかない。
そのため放射線治療を行うことになりそうだ。
摘出した腫瘍は再び詳しいタイプを調べるために検査にまわされ、
具体的な治療方針の決定は来週にまわされた。

2008年5月9日(金)
腫瘍摘出
妻の左胸にできた腫瘍の摘出手術が終わった。

部分麻酔のみで1時間足らずで手術室から出てきた妻の顔はさすがに憔悴していた。
一緒に出てきた看護師の手には、摘出されたばかりの腫瘍が
小さな容器の中に入れられ握られていた。今からすぐに病理検査にまわされるのだ。
2センチ足らずだろうと言われていたのだが、それはずいぶん大きく見えた。
とにかく、悪性でないことを祈る。

車椅子を勧めたが、妻は大丈夫歩けるからとしっかりした足取りで
エレベーターに乗り、表に駐車した車まで歩いて帰った。

2008年5月8日(木)
大腸内視鏡検査

前日の下剤は午前6時頃に効いてきた。
とはいえ、思ったほどの大事には至らず腹痛も無く少し拍子抜け。
そのまま朝食抜きで病院へ赴き受付を済ます。

どうせ絶食するなら胃カメラも一緒にやってしまおうと予約しておいたので、
大腸検査用の2リットルの下剤を飲む前に胃カメラを飲んだ。
もう3回目ということもあって、こちらも慣れたものだ。
落ち着いて画面を見ている余裕さえある。前回3年前に検査したときより、
逆流性食道炎は進行していると言われた。それ以外は問題なし。

大腸検査のための控え室に案内される。
すぐに下剤を飲まされると思っていたのだが、
胃カメラのために飲んだ、喉の麻酔が消えるまで1時間待たされる。

10時半頃になって、看護師が500mmlの下剤4本と紙コップ、氷の入った
アイスペールを一緒にお盆に載せてやってきた。
トングまで付いているのでまるでバーで水割りを飲むような景色である。

一気に飲まずに、30分かけてゆっくり500mmlを飲んでいくように指示があった。
つまり、2時間かけて2リットルを飲むわけだ。
氷を入れて冷やすと飲みやすくなるということだったが、
まずは後学のために100mmlほどを常温で飲んでみる。確かにマズイ。
ポカリスエットの塩分を強くして甘みをカットしたような味だ。
しかし、思ったほどではなかったので一気に飲もうと思ったが、
そこは看護師さんの教えを守ってチビリチビリやることにした。

しかしこれがいけない。5分ごとに100mmlを飲むペースは徐々に
苦痛になっていった。最初そうでもないと思ったこの薬の不味さが、
飲むたびにボディーブローのように腹に効いてくるのだ。

1時間ほど経過したころ便意をもよおし排便すると、まだ残存物があった。
2回目で残存物はほぼ無くなったがまだ濁りがある。3回目で
きれいな黄色の透き通った排泄物となった。
1時間半経過してまだ500mml残っているのだが、排泄物はもうきれいなものだ。
なのにまだ下剤を飲み続けなければならないのだろうか。
看護師さんに聞いてみようと思ったが、こういう場合必ず
「全部飲んでください」と言うに決まっている。
なんとか200mmlまた飲んだがもう嫌でたまらない。
エイとばかりに残りをトイレに流して捨ててしまった。
2時間経過して看護師さんが入ってきて排便状況を尋ねに来た。

地価の検査室へ案内され、横の更衣室で検査着に着替える。
検査着の下はお尻の部分が割れた紙のデカパンツを履いている。
用意ができたらまた便意をもよおしてきたのでトイレへ行く。
施術中に漏れたりしないのだろうかと心配になる。

まな板の上の鯛とはこのことだ。
先生が入ってこられて挨拶をかわす。横向きになってくださいと言われ、
ああ、いよいよかと観念する。パンツをめくられ、スーとお尻のあたりが
涼しくなるのを感じると、まことに心細い心境となるものだ。

大腸検査は、下剤を飲むのが辛いだけで、始まってしまえば胃カメラより楽だ。
という人が何人もいたが、私はそうではなかった。
ご存知の通り大腸には曲がり角が2回あるが、1回目を曲がったあたりから、
グイと押されるたびになんとも言えない腹痛がある。痛みにめっぽう弱い私は、
この痛みが嫌でたまらなかった。とにかく盲腸近辺まで行かなくては
この旅は終わらないらしいから我慢するしかない。
やっとのことで小腸と大腸の境目にたどり着いた頃には、もうクタクタになっていた。

ゆっくり引き抜きながら検査が始まる。
カラーテレビ画面を見ていると、ちょっとした地下トンネルの探検のようだ。
なにも怪物などが現れないように祈りながら画面に食い入る。
この頃には私が先生に色々質問したりして余裕が出てきた。

腸壁に時々小さな穴のようなものがあって、
そこに便が入り込んでいるのがわかる。
先生の話によると、その便がとれずに古くなって腐ると、そこが炎症を起こし
腹痛が起きたりするらしい。今、炎症を起こしているようなところは無いが、
自分の大腸がそういうタイプであることを知っておくようにとのことであった。
結局、わたしの大腸にはポリープなどもなく異常はなかった。

お会計(3割負担)
初診時:(初診料、血液検査、検尿、エコー、問診) 7500円
検査当日:(胃カメラ、大腸カメラ、問診) 8500円
合計1600円ほどであったが、胃や大腸にポリープなどがあった場合、
細胞検査などがあると料金が増えるわけだ。
わたしは最低料金で済んだことになる。











下剤ニフレック液




穴あきパンツ







2008年5月7日(水)
下剤

明日は大腸の内視鏡検診だ。
前日の夕食は素うどん。午後7時までに食べて、
8時までにラキソベロンという下剤を
1本飲まなければならない。

ラキソベロンという下剤は、私が介護職をしていた頃、利用者の方に
夕食後よく服用してもらっていたのでおなじみの下剤だ。
5滴くらいで効く人もいれば、30滴でも効かない人がいた。
夕食後に服用すると明け方に反応便が出て
特有の匂いもあったのを覚えている。

大腸検査の手順を説明してくれた看護師さんは、
前日の夕食後にこの下剤を全部飲んでくださいと、
私にそのラキソベロンを1本渡した。
私は一瞬凍りついた。
「一本全部ですか?」と聞き返すと、
「はい、一本全部です。」と言った。
どうも聞き間違いではないようだ。
私はもともと下痢症なので1本全部でなくてもいいのでは?
と言っても、その看護師は絶対に譲らなかった。

1本で154滴あった。
コップの水に薄めて飲んだ。
甘かった。
ハルさんの紙パンツを履いて寝るように妻が言った。

2008年4月30日(水)
真夜中の恐怖

就寝前に、晩御飯を食べ過ぎたせいか、おなかがシクシク痛んできた。
トイレに行って踏ん張ると、めっぽう硬い塊が取れたせいか
水様便が大量に出た。その割りになにかスッキリしないお腹だが、
別段気にするでもなくその日は寝た。
また翌日、同じ頃に同じような症状になって、またトイレに行った。
こんどはウォシュレットを使わずにトイレットペーパーで拭くと、
なんと鮮血が付着しているではないか。

時々、硬い便をきばって出すと、切れぢになって出血をすることがあったが、
ウォシュレットであらうと結構痛いのだ。今回はどうして痛みが無いのだろう。
とても嫌な予感とともに、妻を起こして事情を話す。

もしかして、大腸がん! 
直腸のがんなら鮮血もうなづけると妻が言う。
妻の乳がん、ハルさんの介護、それに大腸がん、
一瞬あたまが真っ白になった。

そんな事情もあって、今日、すぐ病院を受診した。
血液検査、尿検査、エコー検査を済ませ、
問診のあと直腸に指を入れられる触診と直腸鏡検査をやってもらった。

今日の所見では異常は見受けられないとのことでまず一安心。
多分付着した血は硬い便により切れたものだろうとのことだった。

しかし、年齢的にも大腸の内視鏡検査はこの際
しておいたほうが良いということになって
来月に検査の予約をして帰った。

2008年4月23日(水)
妻の乳がん

妻の乳がんが再発したかもしれない。

妻は19年前に右を、6年前に左を手術している。
左右はそれぞれタイプの違うがんだったので再発ということではなかった。
シリコンによる乳房再建施術を受けて現在に至っていたが、
こんど再び左の乳房下部にしこりを発見してすぐ受診した。

シリコンバッグを破らないように、腫瘍の端を
慎重に注射器で採った組織検査では擬陽性だった。
主治医の見解では多分悪性だろうとのことで手術することになったが、
左右ともすでに乳房はないために、腫瘍除去のみの手術で日帰りできるそうだ。
切り取った腫瘍を検査してみないことにははっきりした治療方針は決まらない。

「実は悪性ではなかった」という結果を期待したいのだが、
これで3回目、しかも再発かもしれないということで、
いつも気丈な妻もショックは隠せない。

そんなこんなで、家の中の雰囲気もつい湿っぽくなる。
ハルさんもそんな空気は読めるようで、

どこかしら、顔の表情が暗い。

2008年4月19日(土)
ハルさん卒寿
ハルさんが、満89才になった。
今年の2月の節分に吉田神社で、長寿の祝いは
数え年で行うものだと聞いたので、
ハルさんの卒寿のお祝いをおこなった。

ハルさん、これからも元気に毎日を過ごせますように。

2008年4月15日(火)
嵐電天神川駅
3月28日嵐電でいちばん新しい駅が開業しました。
嵐電の新駅が設置されるのは昭和31年(1956)年の
鹿王院駅開業以来52年ぶりとなるそうです。
嵐電天神川駅の開業により、京都市営地下鉄東西線と結節するため、
京都市内の鉄道東西軸が一層整備され、観光地である
嵯峨・嵐山と東山を、更には京阪電鉄大津線を経由して
琵琶湖へと、鉄道ネットワークが飛躍的に拡充しました。
「嵐電天神川」の駅名は「太秦天神川」駅との乗継駅として、
沿線住民や観光客にわかりやすいような名称としたそうです。
(嵐電HPより抜粋)

地下鉄東西線と嵐電が繋がったことで、
大変便利になったことは事実でしょう。
また、サンサ右京という、区役所、保健所、図書館、体育館、
交通局が入った総合ビルが建ちました。
以前の狭くて、交通の便が悪い区役所を知っている人は
見違えるように広々とした役場に驚きます。
是非、区民へのサービスも充実していただきたいものです。

次は、是非今出川通りに市電を復活させたい。


新駅とサンサ右京を望む
2008年4月13日(日)
御室桜はなぜ低い?

仁和寺(京都市右京区)の御室桜(国名勝)が低木なのは、
粘土質の地層で根が育ちにくかった可能性が高いと、
同寺が12日、調査結果を発表した。これまで一帯の浅い
地下に岩盤があるためだといわれてきたが、科学的な
調査で長年の謎の一端が解かれた。 


 1月に6カ所でボーリング調査した結果、
地下2−2・5メートルより深くなると、どこも
粘土質の固い土壌だった。植物の生育に必要な
要素(土、空気、水)のうち、水の比率が非常に高く、
窒素やリンなどの栄養素はほとんど含まれず、酸性だった。 


 一般的に植物は根の深さと樹高は同じくらいといわれる。
土壌解析に当たった千葉大大学院の藤井英二郎教授(造園学)は
「高木にならず幹が何本もあるという遺伝的特徴に、植物が
育ちにくいというこの場所の土壌の特徴が加わって、
樹高が低い状態が維持されているのだろう」と推測する。 


 御室桜は江戸時代初期に植えられたと伝わる。
約200本あり、樹高は2−3メートル。
他府県では5−7メートルに育ったという報告もある。 

調査は、寺の依頼を受けた住友林業(東京都)が当たった。
今後、遺伝子解析を進め、御室桜のルーツをたどる。 


(京都新聞より)

御室の桜は背が低いことでも有名だが、
遅咲きの桜としても知られている。ほとんどの桜が
散ってしまい、すこし寂しい4月下旬にやっと、
御室の桜は満開を迎える。ちょっと得した気分になる。

「わたしゃお多福、おむろの桜、花(鼻)は低くけど、人は好く」

写真
2008年4月10日(木)
「ささゆり」お出かけライブ

篠笛サークル「ささゆり」が初めてボランティアの
ミニライブを行いました。場所は京都府日吉町の
隣町の美山町にある特養のデイサービスでした。
私はいつもひとりで昔の職場へレクリエーションに
行っているので慣れていると思っていたのですが、
メンバーたちの緊張も伝わってミスばかり犯してしまい
申し訳ないことでした。40分ほどのステージ
でしたが
利用者の方々には楽しんでもらえた
ようでほっとしています。

2008年3月30日(日)
JR花園−太秦間 単線高架化が完成 

 京都市やJR西日本などが取り組んでいる
JR山陰線複線高架化事業でこのほど、
右京区の花園駅から太秦駅まで1・7キロの
単線高架化工事が完成した。
これに伴い、観光バスや観光客の通行量が多かった
城北街道踏切など、3つの踏切がなくなった。
ダイヤの変更はない。 


同事業は総費用約183億円。
交通渋滞の解消や安全確保を目的に、
2003年度から工事が進められている。 


 今回、なくなった踏切3カ所の中で城北街道踏切は、
大勢の観光客が訪れる東映太秦映画村に近いことから、
観光シーズンの渋滞が特にひどかったという。 


 今後、5月には太秦−嵯峨嵐山間の単線高架化が終了し、
2010年春までには花園−嵯峨嵐山、京都−二条も複線化され、
すべての工事が終わる予定。 

(京都新聞より)



写真
2008年3月26日(水)
ハルさん散歩

やっと肌寒さも和らぎ、日差しもぽかぽかしてきました。
そんな日和に誘われて、今日はハルさんを散歩に連れ出しました。
訪問看護の時間までに昼食と着替えを済ませて準備完了。
ぐるっと町内を車椅子で一周したあと手引き歩行も行いました。
表情も落ち着いた様子で笑顔もでてきて、
久々に手に持った愛用のステッキの感触を懐かしむように、
一歩一歩ゆっくり家の前を往復したハルさんでした。

これから天気の良い日は連れ出しましょう。
桜が満開にころが楽しみです。

2008年3月20日(木)
ささゆり春季特別講習会

春季特別講習会と題して、しの笛サークルささゆりの練習を
普段の日吉町から特別に今日だけ京都花園の肇花亭で行うことにした。
一名を除くほとんど全員がAM10時に肇花亭に集まり、
真実先生を囲んで正座によるお稽古を楽しんだ。

当日はあいにくの雨だったが、メンバーは無事日吉町から到着。
まもなくして妻から電話があった。真実先生が道に迷っているらしい。

私が作った肇花亭の地図がわかりにくかったようで
通りかかったひとにパンフレットを見せてもわからないと言われたそうだ。
当たり前である。「肇花亭」など私が勝手に付けているだけの名称で、
パンフレットに至っては、精巧に作られた冗談パンフなのだから
近所の人だってまったく知る由も無い。

先生到着後さんざん大笑いしたあとお稽古を開始した。
昼食は出前のお弁当をみんなでいただき、
食後は、我が妻のたてたお抹茶で締めくくった。

座敷をかえて、ちょっとあらたまった雰囲気でお茶席ごっこと
シャレ込んだのだが、みんな結構楽しんでくれたようだ。
茶道の堅苦しい決まりごとやお約束はわからないけど
おとなの遊びとして楽しい時間が過ごせれば結構。
一日中笑いの絶えない時間を過ごした。

お稽古終了後は、近くの広隆寺へ弥勒菩薩を拝観に行った。

「ささゆり」で活動してもう3年近くになるが、
一緒に何処かへ物見遊山などに行ったことはなかった。
あまり団体行動はしないほうが良いかもしれない、
なにせ女子修学旅行生よりウルサイのだから・・・

2008年3月16日(日)
NPOガイアプロジェクト

NPO法人「ガイアプロジェクト」の会員になってしまった。
それというのも先日、HPを作って欲しいと依頼を受けたのだった。
友人が有機・自然農法を広めるネットワーク作りの
NPO法人を立ち上げることになって、力を貸して欲しいとのこと。

私は趣味と実益をかねてホームページを作りはじめたのだが、
まわりから見るとパソコンにたいそう明るいと思われているようだ。
実際は、ほとんど初心者に毛の生えた状態で、今でも
キー打ちはブラインドタッチなどできず人差し指オンリー。

「電話機の構造を理解していなくても電話はかけられる。」
先輩パワーユーザーから贈られたこの言葉で
なんとか誤魔化し、失敗しながらここまでやってきた。

しかし、NPOなどという、なにかまじめそうで
硬そうな団体のHPが私に作れるだろうか?
難しいことを言われたら、すぐに白旗を揚げる覚悟で
お引き受けすることになったのだが。
なぜか、会費を払う会員になっていた・・・

今日はその設立総会の日で、有機農法など全くわからないのに
なぜか自己紹介などしているわたしであった。

2008年3月13日(木)
居合とビデオ

先日9日に居合道の春の昇段試験があった。
私はおかげさまで昨年秋の試験で初段をいただいたので、
今回は、試験会場でのビデオ記録係りで参上した。

秋の試験は年度最初ということで学生たちなど受験者人数が多く
京都武道センターの体育館にて行われるが、春の試験は人数が
少ないので毎年重要文化財の武徳殿にて行われるとのこと。
それはうらやましいなあと馳せ参じたが、暖房に慣れた身には
武徳殿の寒さは尋常ではありませんでした。

受験者は、自分の順番が来るまで外の日向で汗もかけるが、
ビデオ係りは底冷え状態で耐え続けた。しかし私は
ダウンコートで防備できるが審判の先生方は大変だ。
羽織袴で耐えていらっしゃるのだが、やはり
休憩では全員トイレへ急がれていた。

居合いの稽古にビデオというのは邪道なのであろうか?
武道なのだから、口伝なり諸先輩の技を盗み取るのが筋道と
言われるが、自分が演武する姿を見ることができるというのは
欠点を把握するにはたいへん役に立つと思う。

昔にはそんな便利なものは無かったわけだから
すべて地道な稽古の積み重ねでやっていたわけだ。
では、便利な道具があるひとのほうが上達が早いのかというと
まったくそういうことでもないようで、つまるところ
最後はそのひとのやる気なんですよねえ。

何年か後に、ああこんなにへたくそな頃もあったんだなあ、
と思える日が来るのか、それとも今も全然変わらんなあ、
と嘆いているのか、大事にタイムカプセルに入れておきましょう。


2008年3月10日(月)
保津川下り開幕

春の観光シーズンの始まりを彩る「保津川下り」開幕式が10日、
京都府亀岡市保津町の保津川遊船乗船場で開かれた。
大勢の観光客を乗せた舟が終着点の
京都市・嵐山に向けてこぎ出し、保津峡に歓声がこだました。 

冬場は暖房付きの舟が1日4回出航していたが、この日からは7便に。
川面を吹き抜ける風を体感できるよう、舟も装いを新たにした。 

(京都新聞より)

2006年の夏に落石によって女性が重症を負った事故が思い出される。
2月に落石現場の浮き石除去工事を実施し、週2回、
航路に監視員を配置するなどの安全管理体制も継続するそうだ。

16キロの緩急豊かな川下りは、とかく静な印象の京都観光とは
趣をかえた人気のコースだ。京都市内から電車で行けばすぐの亀岡から
手軽に自然を満喫できる川下りがあることを知らない人は多い。 
私の友人はたいてい一度は修学旅行で京都に来たことがあるわけで
お寺と神社ばかりの参拝観光と一味変えるには最高のコースです。

写真
2008年3月7日(金)
合格発表

先日、京都府立大学を受験した妻の友人の息子さんがみごと合格した。

三重県の鈴鹿市からの受験だったので、
合格発表は私がバイクで見に行くことになっていた。

発表掲示板の前には予定時間の前から人垣ができていた。
定刻十分前だったが係員が合格発表用紙を貼り出した。

人事とは言え、もし見間違って報告しようものなら大変なことになる。
学部と学科、受験番号と名前を絶対に間違わないように気をつけて、
何度も何度も見直して確認した。ある。絶対に間違いない。
携帯で写真を撮り妻にも確認をしてもらた。
受験当日からお世話したこともあって、人事とは思えない喜びがこみ上げてきた。

その場で合格者には学生生協から分厚い配布資料が渡され、
正門前では賃貸アパートなどのチラシ配りなどもあって、
合格者にはなんとなく晴れがましい時間が通り過ぎる。

ふと自分の大学受験の頃を思い出した。
夢多かった遥か昔の青春時代にしばし思いを馳せた一日だった。

2008年2月25日(月)
梅花祭と受験生

京都市上京区の北野天満宮で25日、
梅を供えて菅原道真の遺徳をしのぶ「梅花祭」が営まれた。
粉雪が舞う中、芸舞妓が参拝者にお茶を振る舞い、
梅が咲いた境内はひときわ華やいだ。 

毎月25日は道真の命日にちなみ、縁日「天神さん」が開かれる。
2月は祥月命日に当たり、約900年前から「梅花祭」を続けている。 

 午前10時から本殿で神事が行われた。
道真に仕えた人々の子孫で組織する「七保(ななほ)会」が
事前に作った大小の台に盛った御飯や紅白の梅の小枝を挿した
「紙立(こうだて)」を神職が供えた。

野だては、地元の上七軒歌舞会の芸舞妓や
女将(おかみ)たち約20人が総出でもてなした。
梅のかんざし、色とりどりの着物姿でお茶を運び、
訪れた人は盛んに写真を撮っていた。

(京都新聞より)

今日は、妻の大学時代の先輩にあたる三重県鈴鹿の友人の
息子さんの京都府立大学の受験日でした。
受験生とお母さんには肇花亭に泊まっていただいて、
今朝は私が車で受験会場まで送ったのですが、
もし遅刻したらとか、途中事故ったらなどと考えたら
こちらのほうがえらく緊張してしまいました。

粉雪が舞い散る寒い日でしたが、試験中に妻と彼のお母さんとは
天神さんへ合格祈願に行ってました。
梅花祭ということもあって凄い人だったとか。

夕方、受験生を受験会場へ迎えに行き、ついでに
府立大学にも足を伸ばして見学してきました。
実は私、今日まで府立大学の場所を知らなかったのです。
なんと府立植物園と京都コンサートホールに隣接した
いつもよく車で通っているところでした。

合格したら、肇花亭に下宿してくれるそうです。

写真
2008年2月24日(日)
六斎念仏大集合!

京を代表する民俗芸能の六斎念仏が一堂に集まり披露される
イベントが24日、京都市左京区の京都会館であった。
4つの保存会による太鼓の曲打ち共演もあり、
子どもが威勢良くたたく姿に大きな拍手が送られた。 

イベントは「第38回京の郷土芸能まつり」。
今年は六斎念仏が国の重要無形民俗文化財に指定されて25年を記念し、
「大集合!京都の六斎念仏」と題して京都市などが開いた。 

六斎念仏は平安時代に空也上人が庶民に信仰を広めるため、
かねや太鼓をたたいて踊躍(ようやく)念仏を始めたのが起こりとされる。
江戸中期から芸能性が増し、悪鬼が人命を脅かす不吉な六斎日とは関係なく
盆行事などで行わるようになったという。 

この日は毎年8月を中心に公演している保存会のうち、10団体が参加した。
太鼓芸の基本とされる「四ツ太鼓」では中堂寺と千本、久世、吉祥院の
4保存会が順番に技を披露した。中堂寺六斎会は、4歳の女の子から大人までが
笛とかねのリズムに合わせて4つの太鼓を鮮やかに曲打ちし、会場をわかせていた。 

(京都新聞より)

千本六斎念会さんとは相互リンクをさせていただいており、
素人ながら舞台写真などを撮らせていただいたりしていました。
当日はチケットのご用意まで気を使っていただいていたのですが、
居合いの特別講習日であったため残念ながら拝見することができませんでした。
当日は京都会館も満席状態で盛況のうちに閉幕したと聞き、
ぜひまたの機会をと楽しみにしています。

2008年2月19日(火)
最長寿記録

嵐山のモンキーパークいわたやまの雌のニホンザル「メスガシラ」が、
同パークのサルの最長寿記録を17年ぶりに更新した。
18日、職員から祝いのバナナをもらい、しわくちゃな顔で元気に平らげた。 

同パークは開設51年目。約150頭が昼はパーク周辺、
夜は山で過ごす半野生生活を送り、
職員が歴代全頭の出生日を記録し続けている。
これまでの最長寿はメスガシラの曾祖母の33年244日だった。 

メスガシラは今月9日に新記録を樹立し、18日までに
33年254日に伸ばした。名の通り以前は群れ1位の「女王」だったが、
ここ数年やせて背骨が曲がり、視力や足も衰えたが、
山中でも家族と離れず過ごして快挙を達成した。 

この日、浅葉慎介園長(44)がバナナを丸ごと与えると、
メスガシラは大事そうに抱えてほおばった。
普段は餌を奪い合う周りのサルたちも静かに見守り、
長寿を祝っているようだった。
野生のニホンザルの平均寿命は27年前後といい、
浅葉園長は「餌付けしているとはいえ、かなりの長生き。
今後も野犬などに襲われることなく、
長く元気に過ごしてほしい」と願っていた。 

(京都新聞より)

岩田山はわたしの大好きな京都ウエストサイドスポットだ。
一昨年、10年ぶりくらいに登ってこのサイトのために写真を撮った。
愛らしいサルたちを見ているととにかく飽きないし
子供の頃とほとんど変わっていないのもうれしかった。
京都市内を一望に見渡せるロケーションも抜群。
人ごみの拝観や時雨殿に行くより絶対こちらの方をおすすめするが、
観光客はほとんどいない。

有名な猿回しの親方が、
小猿を選ぶときには嵐山の猿が良いと言っていた。
元気で好奇心が旺盛な猿が向いているのだとか。
嵐山の猿たち、とにかく元気だ。

2008年2月18日(月)
京都市長選挙結果

任期満了に伴う京都市長選挙の投票が17日に行われた。
即日開票の結果、自民党、公明党、民主党府連、
社民党府連が推薦する前市教育長の門川大作氏(57)が
15万8472票を獲得、大接戦の末、
共産党推薦の弁護士中村和雄氏(53)を

なんと951票差で逃げ切って初当選した。

京都市は財政、福祉、同和行政、景観問題など
多くの問題をかかえているのだけれど、
特に京都独特の問題としては同和と景観問題ではないだろうか。

東京で学生時代を過ごした私が驚いたのは、
関東の人間がほとんど同和問題を知らないことだった。
言い換えれば、それだけ認識がないことによって
この問題の根の深さが社会で表に現れない怖さを感じた。

関西で同和問題を本気で取り組むには、
冗談抜きで命がけです。

生死をかけて門川氏がこの問題に取り組む姿勢があるのか・・・
門川氏に期待するほうがムリかもしれません。

もうひとつ、このサイトでは
景観問題にこだわっていますので一言。

京都では高速道路の市内乗り入れ計画
というものが問題になっています。

賛否両論で共産党などは反対し、選挙戦でも中村氏は
一貫して反対をとなえていました。門川氏はというと、
「市民の皆さんの意見を聞きながら検討すべき」という意見。
あきれた答えだった。
賛成か反対か選挙の前に提示しないで、
市民はどうやって判断するの?

相乗り候補ゆえのつらい立場と
庁内候補ならではの曖昧さだろうか。


まあしかし、いくら951票差だといえ選んだのは京都市民だ。
とやかく言ってもしょうがない。わたしたちにできることは
決して目を離さず、声を出し続けることだ。

2008年2月16日(土)
次世代DVD戦争決着

次世代DVD戦争にようやく決着がついたようだ。
昨年暮れから勝負はついていたようだが、
ワーナーブラザースが全面的にBD陣営につき、
アメリカ最大のウォルマートもBDしか扱わないと宣言したそうだ。
東芝の損失は数百億円にのぼるという。

ハイビジョンを家庭で録画できるなんて!と驚愕の思いを持っていた小生だが
最近はすこし冷静になってきたというか、熱が冷めてしまった感がある。
あるTV番組で、「録画好きな日本人」というニュースをやっていたからだ。

アメリカなどでは早くから専門チャンネルがたくさんあって、
見たいときに見たい番組をやっているから録画の習慣があまりないというのだ。
しかもこれからはネット配信の世の中になるわけで、
家庭でわざわざディスクに録画保存するなんてのは時代遅れらしい。

面白かったのは日本人のメカ好きが原因だという理論。
日本の電気屋では店員にメカの説明などを聞くと懇切丁寧に教えてくれるが、
諸外国では、メカに詳しい店員などいないのだそうだ。
もの凄い多機能な家電製品を日本人はいとも簡単に使いこなしてしまう。
これでもかというほど機能を満載にしないと日本では売れないという。
そういえば携帯電話の説明書も聖書かと思うほどの厚みがあったっけ。
ヨーロッパなどでは機能を限定して使いやすくて
低価格の携帯が普及しているそうだが、日本ではそれは許されないのだ。

とにかく、BDが勝ちHD−DVDは負けてしまった。
そのうちBDの映画ソフトのレンタルも普及するんだろうけれど、
それより
最近ビデオ店にいってもくだらない映画ばかりなのが気にかかる。
特にアメリカ映画は悲惨な状態。いくらBDが高機能でも
ソフトがつまらなければガス欠の車と一緒ではないか。

内心私は東芝がんばれと
エールを送っていたのだが・・・
2008年2月5日(火)
神経内科終了

ハルさんの神経内科受診を今月で終了することにした。
精神安定剤をリスパダール一本にしぼり、飲み方も
毎夕1錠(1mg)で安定してきたためだ。

気分のムラはもちろんまだ完全に消え去ったわけではないが、
一時期に比べれば格段の進歩が見られる。
ほとんど何もできずに、こちらの声かけにも反応してくれず
急に泣き出したり不穏な行動をしたりすることもあったハルさんが、
全ての薬を見直しリスパダール一本にしてからは、
すごい勢いでADLが回復していった。
今では、会話も成り立つようになったし、
食事も介助なしで食べれる日が多くなってきた。
何よりすごいのは、失禁がほとんどなくなったこと。
一日に横シーツを何回も洗っていた日が嘘のようだ。

これからの問題点は、デイサービス利用日以外の日の昼夜逆転症状くらいだろうか。
週に3回のデイサービス利用日は、ハルさんなりに疲れて帰ってくるので
夜間良眠してくれるのだが、利用日以外はついつい昼間も
寝かせたままにしてしまうために昼夜逆転してしまうことがあるのだ。
これは介護者の怠慢の何ものでもない。暖かくなったら
散歩やドライブにも行くことにしようねハルさん。

往診してくれる主治医の先生が、ハルさんの回復振りを見てこう言った。

「医者が言うのもなんですが、薬ってこわいですねえ・・」

2008年2月1日(金)
京都市長選公開討論会

京都市長選の告示が明日に迫り、
立候補者たちによる公開討論会が開かれた。
立候補者は四名で、前任の桝本氏が引退と
いうことで全てが新人となった。

三党相乗りの門川大作氏(57)
共産党の中村和雄氏(53)
市議の村山祥栄氏(29)
会社相談役の岡田登史彦氏(61)
が景観行政や教育、環境問題などに
ついて論戦を交わしたそうだ・・・

それぞれの候補者のマニフェストを見ても、
どん底の財政危機と景観を守るための
大鉈を振るう気迫は伝わってこない。

選挙で白紙を投票するつもりはないので、
誰かに投票しなければならないのだが・・・
これからの選挙戦で判断するしかない。

参考までに下記にそれぞれの候補者の
マニフェストが読めるサイトを記載します。
http://peacemedia.jp/senkyo/


公開討論会(京都新聞より)
2008年1月27日(日)
車折神社改修工事完了

京都市右京区の車折神社境内にある
滄海(そうかい)神社の改修工事が完了し、
参拝者らに披露されている。 

弁才天を祭る滄海神社は、
室町時代に天龍寺末寺の廃寺に伴い、
現在の車折神社に移設されたとされる。
改修前の本殿は戦前に建立され、
風雨の影響による老朽化が目立ち、
胸を痛めた大阪市の建設会社関係者が
寄進して工事した。 

改修では、本殿、拝殿とも新しく作り直し、
鮮やかな赤が参拝者の目を引いている。
拝殿にあるおけに水を注ぐと本殿そばの
池にあるししおどしが鳴る仕掛けは、
改修後も同じように残した。 

同神社の高田亘宮司は「同じように
老朽化を気にしていた参拝者にも
喜んでもらっています。
本当にありがたい」と話している

「京都新聞より」

嵐電の車折神社駅はまさに神社の
鳥居の前で下車できるのでうれしい。
義理の姉の家はなんと駅から30秒、
いつも嵐電が足代わりだ。

芸能の神様として有名だから
映画俳優やタレントだけでなく、
日舞などの習い事をしている人に人気です。

2008年1月18日(金)
●地下鉄東西線新駅開業

延伸された京都市営地下鉄東西線の
二条―太秦と天神川間が

16日午前5時すぎ、営業運転が始まった。
新設された太秦天神川と西大路御池の
両駅が作られたわけだが

この2.4キロの延長工事に
かけられた金額は約750億円とか。


京都地下鉄の累積赤字も2300億円を突破した。

2008年1月6日(日)
●居合い稽古始

新年の稽古始に参加させていただいた。

連盟会長の祝辞の後、段位に分かれて
制定居合い十二本をそれぞれ演武する。
段外〜二段、三段〜六段、
七段の先生方の演武は全員正座にて正面から拝見し、
最後は八段による演武にて締めくくられた。
これで稽古始は終了かと思ったら大間違い、
そのあと総勢130名による総稽古が始まったのだが、
制定居合い十二本を連続10セットと聞き耳を疑った。

普段は広い武道センターの体育館も芋の子を洗う状態のため、
指導の先生方から整列と前後左右の間隔を守れと怒号が飛ぶ。
五セット目あたりからすこしトランス状態になってくる。
貧血を起こしてふらつく者まであらわれ危険この上ない。
真剣ばかりか摸擬刀でさえひとつ間違えば大怪我である。

前半の演武が長かったおかげで8セットで時間切れとなった。
午後から剣道に体育館を明け渡さなければならないのだ。
正月の餅を食べすぎてゴロゴロしていた体には甚だこたえた。
速やかに着替えて外へ出ると新春の陽光がまぶしかった。

午後からは京都伯耆流居合道研究会の新年会だ。

2008年1月5日(土)
●ささゆりinさくらの会

篠笛奏者井上真美先生の生徒による発表会が
大阪の西九条にあるクレオホールで行われた。
我がサークル「ささゆり」は京都のへそともいうべき山奥からの
参加のため午前10時の集合時間は猶予されていたが
30分ほどの遅れで全員が到着した。今回はメンバー全員参加だ。
9名という人数は、他のサークルと比べても決して少なくは無い。

本番の演奏は、私が足をひっぱり練習のようにはいかなかったが、
技量的には他チームにそう引けをとるようには感じなかった。

各チーム衣装にもそれぞれ思い入れがあったようで
お揃いのワンピースあり、白黒の合唱団スタイルあり、
着物の方や、民族風ポンチョスタイルありとみなさんそれぞれ
工夫を凝らして参加されている。
総勢80人くらいは出場されていただろうか
楽屋代わりの練習室では笛の音が入り混じって凄まじい喧騒であった。

毎年恒例のこの発表会で渡されるのが真美先生からの通信簿だ。
むかしのような5段階でその年の成績が評価されており、
一人ひとりに長々と先生からのアドバイスが記されている。
昨年は評価3であったが今年はなんと評価5をいただいた。
確かに昨年は夏に先生のコンサートに出演させて頂いたお陰で
猛特訓の1ケ月を経験したし、今回も超高音の練習もしたために
一昨年に比べて格段の進歩があった年でもある。
しかし、結局今回の発表会ではプレッシャーに弱い面が

2008年1月3日(木)
●伏見稲荷へ初詣

生まれて初めて伏見稲荷へ参った。
年末から家の中にずっと缶詰状態だったので、この際思い切って
とびきり人出の多い神社に行ってみようと思って選んでみた。
正月の三日でもDSがオープンしているので、ハルさんにはちょっと
気の毒だったが利用させてもらうことにして、送迎車を見送ってから
われら夫婦ものんびり京阪電車に乗って伏見を目指した。

駅からすでに長蛇の列だったが、参道のお店を見ながらなので退屈はしない。
屋台もたくさん出ていて、たこ焼きのいいにおいが漂ってくる。
あちらこちらのうどんやの店先では、串刺しにされたスズメが焼かれて
売られている。あとから理由を知ったのだが、伏見稲荷は商売の神様。
商売繁盛とは景気が良いこと。景気が良いとは経済状態が良いことを指す。
農耕民族である日本では米が豊作であることが景気の良い印であった。
だから米の天敵であるスズメを焼き鳥にしてしまうのだそうだ。
とにかくスズメにとっては災難なことである。

やっとのことで拝殿にたどり着き賽銭を投げ入れてから手を打ち願をかける。
押し出されるように社殿をまわり今度はお約束のおみくじを引く。
引き当てた五番の数字を美人の巫女さんに告げ100円と引き換えに
おみくじをもらった。嬉しいことに大吉であった。他愛も無いことだが
やはり凶を引くよりは大吉がうれしいのはあたりまえだ。妻も末大吉だった。
境内のおみくじ結び縄にしっかり結んでいたら妻の悲鳴がきこえた。
末大吉のおみくじを力強く結びすぎて引きちぎってしまったらしい。
せっかく付いた運もちぎれてしまってまことに情けないことになった。

伏見稲荷といえば奥社へ向かう千本鳥居だが、こちらも人の列列列。
警備員さんに聞くと、鳥居をくぐらなくていいなら横道がありますよとのこと。
待つのが嫌いな我々はショートカットで奥社へ参り、破魔矢を買って
千本鳥居は帰り道のみくぐらせていただきました。

ハルさんの帰宅時間の関係もあってそうゆっくりもできないために
お山の散策は途中でやめてしまったが、伏見稲荷の醍醐味は
本殿から奥のお山巡りにあるらしい。ほんの少し足を踏み入れてみたが、
ちょっと怪しい神様がいろいろ祭られていて、ちょっとした神さまの
博覧会状態を最初は笑いながら見ていたがだんだん薄気味悪くなってきた。
こんど時間がたっぷりあるときにもう一度ゆっくりのぞいてみたい気もするが、
国宝の社殿を持つ北野天満宮を見慣れているわたしには、伏見稲荷全体が
全てコンクリートで整形された巨大宗教テ