自分のログハウスを自分の手で建ててみたい。
そんな思いでビルダー修行にのぞんだが・・・

最初は誰もが大迫力のハンドカットのカナディアンログに憧れる。
入社したての最初の現場はまさにそんな大迫力のログで、
巨大なマンサードの屋根を有する、大きなログのペンションだった。

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チェーンソー・ワークもほぼ終わり、巨大なトラスと棟木の組み立てが始まっていた。
屋根はロフトスペースを大きく取るためにマンサードとなっており、断熱材と空気層の二重構造で、高い屋根仕事は気持ちよくもあり怖くもあった。
煙突のレンガタイルを貼ったり、白壁のスタッコ塗りの左官工事もやった。 |

ログ・オブザイヤーにノミネートされるほどの立派なログハウスだった。

マシンカットのキット販売がブームとなって、会社に組み立ての仕事が入ってくるようになった。
チェーンソーワークが必要でないマシンカットは、新米にはうってつけだと思われたらしく、
しばらくの間、マシンカットのログばかり担当させられてウンザリ。
はやくチェーンソーでノッチを刻んでみたかった頃。 |

初めて現場責任者として任された小さなログハウス。 Dログのマシンカットが多かった。

フィンランド系の角ログもよく建てた。 ログキットの荷下ろし風景。
世間では坪単価38万円などといううたい文句のログハウスも登場しており、
外国人の職人が夏の間に凄い勢いで何棟も建てまくって帰国していくという構図だった。
後でクレームがはいってももう職人はいない。 |

初めてのハンドカットログは、雑誌取材をかねた最高の舞台だった。
以前よりログハウス雑誌社からハンドカットログづくりの教本を編集したいとの提案があり、
小さくてシンプルなハンドカットを建てる時には連絡して欲しいとのことだった。
その物件は、住宅内の庭に趣味の陶芸のアトリエとして建てたいという依頼で、
6mの丸太をただ井桁に組むだけという、まさにうってつけのものだった。 |

ヤードで仮組み中の、初めてのハンドカットログ。

唯一私が映っているページがありました。
丸太の材の選び方から、スクライブ、チェーンソーワークまで細かに記録し、
現場撮影は僭越ながら私が担当した記念碑的ハンドブック。
残念なのは、私が撮影していたのでほとんど私が映っていないこと。 |

ビルダーたちの昼飯風景
ログビルダーかぞえうた
ロは ろくでなしのロ〜
グは ぐうたらのグ〜
ビは びんぼうのビ〜
ルは ルーズのル〜
ダは ダサイのダ〜
酒を飲むといつもみんなと大声で歌ったものだった。

 


社は独自のカラーとしてP&Bを売り物にしようとしていた。
柱と梁でつくる軸組み工法は在来工法と大差はないが、無垢の丸太を使うことで迫力がある。
ノッチを刻んで積み上げるログハウスとは根本的に構造が違うが、
何棟も建ててみると、P&Bのほうに魅力を感じるようになっていた。 |

日本では珍しいダブテール(ハトの尾っぽ)ノッチのログにも挑戦した。
独自の形体で、一切の隙間が出ない工夫を凝らした。
 
テールの加工形態を工夫して、ノッチの隙間は一切ない。
収縮によるログ間の隙間が出来たとしても、
グルーブには双方に溝を掘り小割板が入っているので隙間は塞がれている。 |


結局土地は購入したが、夢のログハウスを建てるまでにはいたらなかった。
諸般の事情から山梨の地を去ってしまったが、
大木と格闘して暮らしたあの8年間は忘れられない思い出だ。
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