|
京都ではお寺が経営している幼稚園や保育園がたくさんあります。
我が家はクリスチャンだったため寺院経営の幼稚園を避けて、
私は遠くの幼稚園まで通わされていました。
遠くといっても4才の子供が通えたわけですからたいした距離ではありませんが、
毎朝、国鉄花園駅に集合して、お手々繋いで元気に歩いて通ったものです。
その幼稚園からよく遊びに行ったのがこの、太秦広隆寺でした。
私は遠方からの客を必ずこの広隆寺へ案内しますが、理由は弥勒菩薩が
国宝1号ということではなく、純粋にこの仏像の魅力からです。
何の知識が無くても、この菩薩の前に立てばその魅力に心打たれます。
心が時空をこえて浮き上がり、吸い込まれていくような錯覚さえ覚えるのです。
同時期の飛鳥時代につくられた像と比べると、その違いは鮮明で、
もしかするとこの作者は宇宙人ではなかったのでは?とさえ思えてきます。
人間を救うために思索するその姿は、奈良の法隆寺で見た百済観音と似たような
中性的なエロスを感じます。人間的でありながら人間を超えた愛を感じる像です。
この菩薩には有名な逸話があります。
1960年、京都大学の学生が弥勒菩薩像に恋をして日参し、あげくに思い余って
抱きしめようとしたとき右手薬指を誤って折ってしまったという事件です。
現在は、新霊宝殿になったため、余裕を持った陳列になっていますが。
旧霊宝殿では、手を伸ばせば触れる事ができるところに、国宝がありました。
弥勒を覗き込むような贅沢もできたわけで、その魅力に思わず、
触れてみたくなった気持ちも頷けるなあ、などと私は思っていました。
何年か前に、この話の後日談を境内の掃除をしているオバサンから聞きました。
美談の事故にも思われたこの事件をひき起こした京都大学の学生は
実は、やっぱりろくな奴ではなかったそうです。
「実物を見たのは初めてで、薄汚れていて期待外れだったから、
いたずらでやってしまった」などと供述しています。
しかしさすがは京大生、その後弁護士になったそうです。しかしやっぱり
最後まで悪徳弁護士だったのだと、オバサンは自慢げに話していました。
弥勒菩薩ばかりが、つい注目されてしまいますが、宝物殿に安置されている
他の仏像もほとんどが、国宝や重文に指定されており、大変充実しています。
私が気に入っているのは、その陳列スタイルです。中央のベンチに座り、
四方から仏像に取り囲まれると、自分が仏様に見つめられているような・・
己を見つめなおすには持ってこいの場所ですよ。
|
|
|
| 広隆寺境内と寺宝の数々 |
|
南大門

1702年に再建されたという楼門です。屋根の軒が二重になって、唐の雰囲気が出ています。屋根の出が深いので見た目に堂々とした趣があって、とても美しく見えます。正面左右には仁王像が安置してあり、製作はこの楼門より古く、室町時代の作品らしいです。
|
|
|
|
| 薬師堂 能楽堂 |
|

薬師堂 能楽堂 |
|
| 講堂 |
|
|
|
楼門を入るとすぐ見える建物で、1165年に再建された
京洛最古の建物です。俗に赤堂と呼ばれています。
|
|
内陣には中央に高い上壇を設けてその上の中央に
本尊阿弥陀如来像(国宝)を安置しています。
|
|
|
| 地蔵堂 太秦殿 |

弘法大師ゆかりの腹帯地蔵 秦氏を祀る神社(本尊は秦河勝) |
|
| 本堂(上宮王院) |
|
 |
本尊 聖徳太子像 |
|
1730年に建立されたこの本堂には、本尊の聖徳太子像を安置しています。この太子像には、
歴代天皇が、即位大礼に御着用の束帯を贈進されることになっています。ということは、
今ご着用の束帯は、平成天皇のものということです。毎年11月22日に開扉されます。 |
|
| 霊宝殿 |

新 霊宝殿 |
|

旧 霊宝殿 |
|
弥勒菩薩損壊事件後、盗難、、火災など保管上の被害を避けるために新霊宝殿を造った。
最初の頃は観光客用に解説録音テープなどを流していたが、苦情殺到で静かに拝観できるようになった。
また、室内は美術品のために極力照明を抑えているため、眼が慣れるまでに時間がかかります。
写真撮影禁止。菩薩像前の畳台に座る場合は、正座はしなくてよいですが、靴を脱いで上がり、
菩薩像と正対するようにしてください。お尻だけ腰掛けると指導されますよ。 |
|
|
|
桂宮院 (国宝)
境内の西北部には国宝の桂宮院、
別名八角円堂があります。
桧皮葺の屋根の勾配と
軒の反りが美しい鎌倉時代の建築です。
八角形の内部に柱は無く、中央に聖徳太子像、
向って右に阿弥陀如来、その他如意輪観音が
安嵩してありました。
毎年、季節ごとに外観の見学ができます。 |
 |
 |
|
|
|
いさら井
広隆寺の駐車場の西側の細い未舗装の道を
北に上がった所に「いさら井」と呼ばれる
小さな井戸があります。
この井戸を作ったとされる秦氏が,
実はユダヤ人であったという説もあり,
「イスラエルの井」がなまって「いさら井」
と呼ばれるようになったとも言います。
今は何の変哲もないただの涸れ井戸ですが、
かつては、洛西有数の名水が湧き出ていたそうです。 |
|
 |
|
|
| 広隆寺 おびただしい寺宝の数々 |
|
国宝
弥勒菩薩半跏思惟像・弥勒菩薩半跏思惟像(百済伝来)・十二神将十二躯
阿弥陀如来坐像・不空羂索観音菩薩立像・十一面千手観音立像
広隆寺資財帳・広隆寺資財交替実録帳・桂宮院本堂
重要文化財
千手観音坐像・毘沙門天立像・吉祥天立像・如意輪観音半跏像・不動明王坐像
薬師如来立像・蔵王権現立像・阿弥陀如来立像・聖観音立像・吉祥天立像
埋木地蔵立像・日光菩薩立像・月光菩薩立像・弥勒菩薩坐像・菩薩立像
吉祥天立像・大日如来坐像・蔵王権現立像・吉祥天立像・聖徳太子孝養像
増長天立像・持国天立像・広目天立像・五髻文殊菩薩坐像・多聞天立像
秦河勝像・同夫人像・吉祥天立像・大日如来坐像・地蔵菩薩小像・虚空蔵菩薩坐像
能恵法師絵詞・十二天画像(12幅)・准胝仏母画像・三千仏図絵・鉄鐘・講堂
|
|
|
 |