「琴聴橋」と小督局
琴聴橋と小督局にまつわるお話は、もっとも
京都らしい、エピソードではないでしょうか。
皇位継承と権力闘争の歴史に翻弄される人々の話は
高倉天皇と小督局の許されぬ恋のほかにも
数限りなくあるようですが、その舞台が宮中から
ムード満点の嵐山にまで広がることで、
独特の雰囲気を提供してくれます。
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なんか、かわいそうだねえ高倉天皇・・・
嵐山と平家物語にかかわる話は尽きることが無いが、嵐山らしい話として、
渡月橋あたりをメインにした、小督局(こごうのつぼね)の話があるよ。
この話を思い出すたびに、高倉天皇という人がふびんに思えて仕方が無い。
父は専制君主の後白河上皇。母は独裁者 平清盛の妹。8才で即位したけど
11才で、6才年上の平清盛の娘徳子(建礼門院)と政略結婚。
当然、帝とは名ばかりで実権はなくて、苦悩の日々を過ごしたせいか、
21歳の若さで急逝してしまうんですから・・・
史実とフィクションをうまくからめて平家物語には、こんな話が残されてます。
高倉天皇は、妻の建礼門院に仕えていた宮中一の美女で
琴の名手だった、小督局に恋をしてしまう。
局にも恋仲だった四条隆房がいたから三角関係となるが、
隆房の奥方も、平清盛の娘だったから話がややこしい。
まあ一夫多妻が常識だった宮中だからこそのシチュエーションだぬ。
いつの時代も妻の方が権力者だと、男は辛いんだろうなあ。
超権力者 清盛に憎まれて宮中に留まることなどできるわけも無く、
小督局は嵯峨嵐山に、身を隠すことになった。
高倉天皇も、もうここでやめておけばよいものを、
いったん燃え上がった心の炎は、そう簡単には消えないんだな、これが。

高倉天皇は源仲国を召して小督局を捜させる。源仲国も困った。
嵯峨嵐山といっても広い、どこに小督局が居るかはわからない。
そこで仲国は小督局が琴の名手であることを思い出す。
月夜の晩、馬を走らせ嵐山へ着いた仲国は、嵐山の橋を渡ろうとしたとき、
聞き覚えのある琴の音色を耳にして、立ち止まる。
うーん、うまくできてる。
もちろんフィクションだろうが、和歌にも詠まれる美しい景勝地であり、
また嵯峨野という、京の西の果てという寂しさにも包まれた嵐山は、
この手のエピソード舞台装置として一層のムードを盛り立てる。
この後、仲国に説得されて小督はひそかに宮中へ戻るが、
なんと、建礼門院よりも先に天皇の子供を身ごもってしまった。
清盛はますます怒り、小督を剃髪させて尼にしてしまう。
その後、高倉天皇は安徳天皇に皇位を奪われ、若くしてこの世を去る。
小督はその後自ら命を絶ったとも、天皇が葬られた清閑寺の近くに
庵を結んで菩提を弔いながらこの世を去ったともいいます。
仲国が小督の琴の音を確認した場所が、いま渡月橋のたもとに
琴聴きの石碑として立っています。その碑をそのまま少し上流に歩けば、
ささやかな神社のような建物の石垣に「琴聴橋」と書かれており、
神社のような建物は車折神社の仮宮殿です。
車折神社は芸能の神として信仰されているので
「琴聴」の故事とかさなって、おまつりしているそうです。
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渡月橋から左岸を50メートルほどのぼり、右に曲がると、謡曲「小督」の旧跡がある |
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