大正8年生まれの、ハルさんとともに・・・
バツイチ同士の結婚で、妻の母であるハルさんと一緒に
住み始めたのはちょうど西暦2000年の春だった。
老化とともにハルさんの様子に少しずつ変化が現れ始めたのは、
私と生活し始めて1年ほど経った頃からだったろうか。
言葉がスラスラと出なくなってきたのだ。
年を追うごとに症状は進行し、次第に会話が困難になってきた。
ジワジワと進行する頭の中のモヤモヤは、ハルさんにとって大変な恐怖だったろう。
大好きだった書道のサークルも止めてしまい、次第に家に引きこもるようになった。
病院で脳のCTスキャンとともにPET検査も行ってもらった。
結果によると、左脳がほとんどブドウ糖を消費していないとのことだった。
言葉をつかさどる左脳が機能していないのだ。
症状が進行するにつれて、情緒的にも不安定な日が現れ始めた。
夜間に幻覚などが見えるのか、様々なことを言い出したり、
外へ誰かを迎えにいこうとしたりする行動が始まった。
「早く死にたい」が口癖になってきたのもこの頃からだった。
その間、転倒による骨折などもあり、いよいよ見守りが必要になってきた。
同居し始めた当時から、ハルさんは「この家で死にたい」といい続けていた。
「心配ないよ、僕がずっとハルさんの面倒を見てあげるからね」と約束すると、
ハルさんは、とてもうれしそうな顔をした。
2007年の夏、ついにハルさんの介護度がレベル5になった。
ハルさんの介護日誌
2005年 春
いよいよハルさんは言葉がしゃべりづらくなってきた。
単語が出にくく物覚えも悪くなってきたのだ。
その事を一番気にしているのは勿論本人である。
周りの人間は八十六歳なんだから仕方が無いという。
若い頃洋裁で一族を養い沢山の弟子を育て、
数百件の電話番号を空で言えたハルさんにとって、
自分の能力の衰えがどれほどショックか誰にもわからない。
歳相応だからと言われても何の慰めになるだろう。
可愛がっていたシーズーが死んでから徐々に体調不良を訴える事が多くなり
四月頃からは急に泣き出したり、常に「死にたい」を繰り返すようになった。
心不全のような発作も度々起こし、日中寝てばかりいる生活が続いた。
もの忘れも強くなり、四月ごろには感情失禁や心臓発作も起きるようになった。
食欲も無く体重がピークより十キロ減っていた。
妻が店の仕事で手が離せないときには、ハルさんにとって一人ぼっちの状態が続く。
だんだん昼間も寝込んでいることが多くなり、口を開くと「死にたい」と涙を流した。
狭心症のような発作を一日に数回起こし検査入院で精密検査もしたが原因は判らなかった。
妻は店の仕事をやりながら、日中ハルさんの世話もしなければならない。
僕が夜勤の時には心細さのために精神的にとてもナーバスになっているのが判った。
ある日、夜間勤務中の職場に妻から電話が入った、お母さんの様子がおかしいというのだ。
春とはいえまだ寒い外へ、うわごとを言いながら裸足で出て行こうとしたらしい。
介護士の妻なら、認知症による様々な行動についての知識もあろうはずなのに、
いざ、わが母の事となるとうろたえて心細くなり、電話してきたのだった。
その後たびたび「なるべく早く帰って来てほしい」との電話が職場にかかるようにもなった。
もう潮時かなあと感じはじめた。
2005年 夏
●ケアワーカーの仕事を依願退職した。
ハルさんに本格的な介護が必要になる前に、私も自宅でできる仕事を見つけなくてはならない。
きっとパソコンと悪戦苦闘になるのだろう。とりあえず、妻は自宅の洋裁店のきりもりと掃除洗濯。
私はハルさんの世話と食事係りという構図だ。
ハルさんの心不全のような発作原因は結局わからずじまい、検査入院もしたが原因は不明だった。
それより問題は、時々起こる感情的な発作の方だった。
急にネガティブな妄想が込み上げてくるらしく、
結局最後はいつも「死にたい、死にたい」と繰り返して泣く。
主治医に抗うつ剤の処方を強く希望した。
一ヵ月半ほど経った頃、ようやく元気で明るいハルさんが蘇ってきて体重も戻り始めた。
超高齢者にもうつ病はあるのです。
2005年 秋
私が家に居るようになって一番喜んでいるのがハルさんだ。
しかし、いつも私の後をついて回るようになってしまい、
黙って外出したりすると探し回って不安になり頭痛などを訴えだす始末。
お風呂も僕が入っていると自分から入ってくるようになったほどだ。
私の居る所には必ずハルさんの姿が・・・。
ある人から、それは精神的な恋人の感情であり、
そのうち娘に嫉妬を抱くようになるかもしれないぞと言われてしまった。
2005年 冬
近所へ回覧板を届けに行ったハルさんが路地で転倒し脊椎を圧迫骨折するという事故が起きた。
日頃から歩行が不安定であったため、見守り強化をしていた矢先の事故であった。
ハルさんと暮らすようになって救急車に乗り込むのももう三度目。
病院ですぐにレントゲンを撮って腰椎の骨折とわかりそのまま入院することになった。
●ハルさん錯乱
その夜ICUにとり残されたハルさんは心細さもあって頭がひどく混乱した。
多分トイレに行こうとしたのだろう、腰の痛みをこらえてベッドから起き上がると、
邪魔な点滴のチューブを引きちぎった。しかし尿道にはバルーンチューブが挿入されている。
膀胱内で膨らんでいる管は抜こうとしても抜けるものではない。
ハルさんは何かないかとベッドサイドの引き出しを捜すとハサミを見つけた。
みごとチューブを切断したハルさんははれて自由の身になった。
そして、腕の点滴跡を血だらけにして腰痛を我慢しながら
トイレを探して廊下をさ迷っているところを看護師に発見される。
●妻が看護師に叱られた。
何故サイドボードの引き出しにハサミがあったのかという点である。
ハルさんは食べ物の好き嫌いがない、ステーキも大好き。
でも総入れ歯のため食べる前にハサミで小さく小分けにしてから食べる。
元々洋裁の先生であったハルさんはハサミを使うのが上手だ。
だから食卓にはいつもハルさん用に小型のキッチン鋏が用意してある。
妻はいつものように病院でもこのハサミを使うだろうと、
ハルさんのために引き出しに準備しておいたのだ。
「こんな痴呆老人にハサミを渡すなんて危険でしょ」と看護師は言った。
物忘れが多くなって自分の意思が伝えられなかったり、トンチンカンなことを言ったりしても、
同居の家族は慣れたものでだいたい本人が希望している事はわかる。
本人も安心できる穏やかな環境であれば炊事の手伝いで包丁も握り、
ポットで熱いお茶も入れてくれる普通のおばあさんなのだが・・・
しかしまあ、とりあえずハサミは持って帰ることにした。
●病院で爆発!?
急激な環境変化は、ハルさんにとって大変なストレスとなって作用した。
普段の生活ではそれほど気にならなかった認知症状は、病院で爆発してしまった。
一般病棟でも骨折してすぐはベッド上での絶対安静が必要だったから、
排泄はナースコールを押し、便器を差し込んでもらう。
しかしそれがハルさんには理解できない。
尿意を催す頃にはナースコールの事は忘れて、ベッドから降りてトイレへ行こうとする。
トイレ以外にも寂しくなったり、不安になったりして家に帰ろうとして、ベッドから立ち上がる。
立ち上がるには相当の激痛だろうに痛みをこらえてがんばるハルさんだった。
昼間はなるべく付き添うようにしたが夜間は看護師の眼もゆきとどかない。
二日目の朝、私が病院に行こうと準備していたら電話が鳴った。ハルさんからだった。
てっきり看護師さんに電話口へ連れて行ってもらったのかと思ったが、
絶対安静の患者にそんなことをするはずがないのになあ・・・
ハルさんは自力で廊下を歩き、公衆電話からかけてきたのだ。
「スゴイ!電話番号覚えてる!」と思ったら、財布の中に入れてあった名刺を見てかけたらしい。
「意外にまだしっかりしているなあ」などと感心している場合ではない。
急いで病院に駆けつけたらナースステーションでプリンをもらって食べていた。
その後も家に帰って戻ってくるたびにナースステーションでやっかいになっている。
つまり、一人になるとすぐ歩き出すらしい。結局主治医と相談して、
いつでも見守りができる自宅療養のほうが再転倒の危険が少ないと判断し、
退院の許可を受けた。特注のコルセットが出来て入院三日目の夜に帰宅。
なんと一ヶ月の入院予定が三日になってしまった。
2006年 春
ハルさんは大好きだった趣味の「お習字」をやめてしまった。
昔のようにうまく書けなくなった事も理由だが、言葉がうまく出ない事で
教室のお友達とのコミュニケーションがとり辛くなったことも原因だ。
簡単な単語が思い出せない、単語の意味も曖昧になってきた。
昨年はそんな事からウツになり最悪の状態だった。
人間は社会との繋がりがなくなった時点でひとつの死を迎える。
本当の死を迎える前の社会的な死というやつだ。
いまハルさんが唯一社会とのつながりを持っているのが「刺し子」だ。
人から「素敵ですねえ」「私も欲しいわ」などと言って下さる事が
とてもうれしい励みになって毎日せっせとやっている。
人に喜ばれるという快感は歳をとっても変わらない。
2006年 夏
ハルさんはベッドで寝ていることが多くなった。
血圧以外体調に異常があるわけではないが、すぐに疲れて横になりたがる。
そのため足腰は弱り転倒の危険も増す。米寿ともなれば仕方がないとは思うが
「元気にポックリ」を目指す我が家としてはむずかしいところだ。
ある日、寝ているハルさんを起こそうとしたら返事に力が無い。
肩をゆすっても鈍い反応しか返ってこないのだ。
一瞬救急車か?とも思ったがしばらく様子を見た。
一時間ほどで元にもどったが、そんな時家族は対応に困惑する。
ハルさんと私たちの基本スタンスは「在宅」介護。
ハルさんは入院したくないし、この家で死にたいと言っている。
2006年 冬
自宅で死を看取るということは口ほどやさしい事ではないだろう。
もし我々夫婦が外で働く職業であったならもう今頃ハルさんは
何処かの施設にご厄介になっていたかもしれない。
早いうちに在宅介護の体制を作るために、主治医を代えることにした。
今まで大きな病院の内科で月に一回の診療を受けてきたが、
訪問診療もしてくださるフットワークの良い医院に代えることにしたのだ。
週に一度の訪問看護もお願いし、24時間体制の電話相談の登録も行った。
ハルさんほどの高齢者が緊急入院すると大抵の場合チューブだらけにされてしまう。
そんな時、酸素吸入を断るなどという勇気のある家族がどれだけいるだろう。
ハルさんも我々も、望んでいるのは安らかで尊厳ある死だ。
本来、病気などの自然死であれば人間は尊厳を保ったまま死ぬことが出来るが。
延命技術によりただ生かされているような状態を望む者がいるだろうか。
苦痛から解放されて安らかに死を迎えたいと望んでいるのだ。
それが家で迎えられたら幸せだろうなあと考える。
2007年 春
ハルさんの意識レベルが下がっていった。
自力で何も出来なくなり呼びかけても無表情。
時には顔にまで脱力が見られ、舌を出したまま傾眠していることもあった。
食欲が人一倍あり体重も五十キロ以上あったハルさんは、徐々に瘠せていった。
バイタル的にはどこにも異常は見られないのに、
とうとう全ての日常動作に全介助が必要になった。
●レベル低下の原因は?
認知症には大きく分けて二種類がある。高血圧などで脳の血管に障害が起きて
発症するタイプと原因不明のアルツハイマータイプだ。
ハルさんの場合前者であるが、症状が出始めた頃に予防の意味もあって
アルツハイマーの薬アリセプトを服用していた事があった。
既に中止していたのだが、認知症の進行が早いと感じた妻の要望で、
無理に再開してもらったのが昨年の十二月であった。
急な体調変化の原因が判らないまま二ヶ月が過ぎ、益々ひどくなる様子に、
心当たりといえばこのアリセプトの投与しか考えられなかった。
認知症を抑える薬がまさか原因とは思えなかったし
主治医もそんな副作用は聴いたことがないという。
とにかく中止することにして、様子を見ることにした。
すると症状は徐々にではあるが改善していった。
「人間にとって新薬は必要無いものだ」と言う元看護婦さんがいた。
新興宗教のような極端な持論だなとその頃は思っていたが、たしかに
人間の寿命は科学で左右させるものではないとも思えるようになってきた。
●デイサービス利用
5月になって、嫌がっていたデイサービスを遂に利用する事にした。
最初の1ヵ月は心細いだろうから私が自家用車で送迎をした。
初めての利用日には泣きそうな顔をして帰ってきたハルさん。
不安だったのだろう、捨てられてしまったと思ったらしい。
ハルさんはどんどん若返って子供のようになってしまった。
今では午前9時頃にお迎えの車がやってくる。
職員さんに対して笑顔も見られるようになった。
僕も妻も少し休める時間が出来た。
2007年 夏
米寿を過ぎた年寄りにとって悪化はあっという間だが改善は遅々としている。
最近のハルさんの血圧データを見ると、時々異常に低いときがあるのが気になった。
ひどく活気が無かったりするのはこのせいかもしれないと主治医に相談し、
夕食後の降圧剤を中止することにした。
元々高血圧症のハルさんにとって血圧を抑えられることで
意識も朦朧としているのではないかと思ったからだ。
案の定、最近では顔つきがしっかりして笑顔も見られるようになってきた。
今月からは二種類投与していた抗鬱剤のひとつも中止した。主治医は
「今、症状が安定しているのならこのままでいいではないか」と言う意見だった。
確かに主治医の意見ももっともだ。
しかし疎通が困難な親の介助をしたことのない医師に家族の気持ちはなかなか理解できない。
ハルさんの口から、私の名前を呼ぶ声がまた聴けるなら
どんな事でもしたくなるのが家族と言うものだ。
言い方は悪いが、たとえ高血圧で倒れた植物状態のハルさんも、
薬で意識朦朧の虚脱した何もできないハルさんも、介護労働としては同じだ。
家族としては一瞬の光であっても昨年のハルさんを取り戻す介護努力をしたいと思う。
薬には必ず副作用がある。私達は、薬の効能と引き換えに何かを差し出しているのだ。
まして抵抗力の弱い年寄りの引き出しには既に差し出すものは無い。
妻も僕も、もう無理な要望をハルさんに突きつけるのは止めよう。
あるがままに自然の力を補佐する穏やかな薬へとシフトしていこうと思う。
7月に介護認定の見直しがあり、8月に結果が送られてきた。
介護度はレベル5になっていた。
2007年 秋
義母ハルさんがついに介護度のレベル5になってしまった。
介護度5の高齢者を自宅介護していると言うと、みなさん
「それは大変ねえ、よくやれますねえ」と言ってくれる。
私は介護現場で5年働き、介護福祉士の資格もっている。
ハルさんくらいおとなしくて気立ての良いお婆さんなら、
10人まとめてかかってきても、屁の河童だ。
ただそれは、施設介護師の仕事としての話である。
家族による在宅介護の辛さは別のところにあると思う。
「24時間対応、逃げ場と終わりの見えない介護」それが在宅介護、
そう・・・これは仕事ではないのです。
デイサービスを利用したり、訪問看護や助け合いサービスなど、
さまざまなものを利用しながら少しでも負担を減らし
夫婦交代で介護することで、趣味なども貪欲にやっているが、
いつもハルさんのことは頭からは離れることはない。
●妻の腱鞘炎
一ヶ月前から妻が腱鞘炎になり、雑巾も絞れないほどになった。
そうなるとそれをカバーしようと私の負担も大きくなる。
一日だけの話ではない、毎日の積み重ねが微妙なバランスを崩していく。
イライラも重なり愚痴も出てくると夫婦関係も険悪になり、
それがハルさんへの介護にも影響してくる。
それが在宅介護です。
●ハルさん熱発
最近、原因不明の高熱が出ることが時々ある。
時折突発的に38度以上の熱発で真っ赤な顔をしていたりする。
体温調節を司る自律神経が弱ってきているのだろう。
そうなると意識も朦朧で食事や水分も取れなくなる。
先日も、起床時に高熱でぐったりしているのに気づいた。
氷枕などで三点クーリングを行い、朝の薬の利尿剤は抜いて服用させた。
頓服で解熱剤ももらってはいるがクーリングで対応する。
訪問看護ステーションにこの対応でよかったのかを電話したら、
すぐその後主治医から電話があり、水分はとらなければいけないので、
摂取できなければ点滴しますよとのことだった。
主治医からは翌日経過報告するようにとの指示があり。
訪問看護師さんからも明日様子を見に来てくれるとの事でした。
薬の対応がこれでよかったのか電話しただけなのだが、
大騒ぎになってびっくり。しかし、
ハルさんの医療チームの連携の素晴らしさを垣間見たようで心強く感じた。
この集団を「TEAM HARUSAN」と名づけよう。
●イライラスイッチ 最近、眠気を催す薬を減らしたことで、ハルさんの
活気が戻ってきたのは良いのだが、そのために
不穏な症状が出ることも多くなってきた。
二日に一度くらいの割合で、覚醒時に急にスイッチが入る。
ハアハアと過呼吸症状が現れた後、泣き声やものを叩く動作、
立ち上がりなど落ち着かない様子が長々と続く。
見守りのある昼間なら良いのだが、夜間にそれが現れると、
こちらも寝ていられなくて辛い。妻は二階に避難し、
ハルさんを転倒防止のためにベッドから妻の寝ていた畳へと移動させる。
床ならどんなに暴れても安心だからだ。
さんざん動き回って疲れた頃に、一緒の布団に入って抱いてあげると
おとなしくなって、最後はいつもわたしの腕枕で眠る。
失禁の心配があるので、頃合を見計らってまたベッドへ移動させるという具合だ。
先日、寝る前に梅酒を飲んだら熟睡してくれた、良い薬かもしれない。
●夜間せん妄
夜間のハルさんの不穏状態が頻繁になってきた。
脳卒中や脳の外傷、老人性痴ほうの患者さんには、だれか怖い人が来たなど、
現実にないことを思い出して騒ぐ症状が出る場合があります。
夜間に出現することが多いため「夜間せん妄(もう)」と呼ぱれます。
これは軽い意識障害や判断力の低下があるところに夜の暗さで
周囲を認識する能力が鈍り、不安感が増して起こっていると考えられています。
夜間せん妄についてネットで調べてみると、うつ病の薬や睡眠薬が、
逆に悪循環を起こしている場合があるなどと書かれてありました。
現在ハルさんが飲んでいる睡眠導入剤のレンドルミンや
精神安定剤のデパスもそんな危険をはらんでいる薬です。
抗うつ剤のパキシルに至っては、劇薬扱いの薬ということでした。
精神科医への受診を考えてみよう。
●神経内科受診
ハルさんは神経内科を受診した。
夜間に安眠できるようになることと、日中穏やかに過ごせるようになる薬を探すためだ。
本来のハルさんの姿を知るためにも2週間の間、
今まで服用していたパキシルとドグマチールという神経系の薬、
ならびにレンドルミンなどの入眠導入薬を中止していた。
今までの不穏な様子がより一層強くなったために
それなりの薬効があったことはよくわかったが、
さあこれからどんな薬を選択するのかが専門医の腕の見せどころだ。
デジカメの動画映像でハルさんの不穏な様子などをその場で見てもらうと、
「こんな風に情報をくれる患者さんは初めてです、助かりますね」と言ってくれた。
先生が悩んだ末に選んだ薬は、リスパダール。
脳内のドーパミンを遮断することで陽性症状をおさえる
とありますが、統合失調症の治療に良く使われる薬です。
2007年 冬
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