花園と京都観光


京都 花園 お膝元ストリート
 「花園」京都ウエストサイド物語

  京都「花園」、私のお膝元


京都の衣笠山南麓で双ケ丘東麓に位置する花園は、
むかし、公卿の邸や山荘が多数あり、
こぞって屋敷周辺に植栽したことから
四季折々に美しい花が咲き乱れていました。
そこから「花園」と呼ばれました。

花園天皇はこよなくこの地を愛して離宮を構え、
後に出家して、離宮を禅寺の妙心寺にしました。

市街地から西のはずれに位置している「花園」は、
どこかしらのんびりとした雰囲気が漂っています。

観光客にも縁の遠い京都花園を紹介する、
貴重な? ページです。

花園 散策マップ

花園といえば花園天皇
 花園天皇といえば妙心寺です


花園天皇は今から700年前の、
第95代の天皇にあたります。
時あたかも皇室と北条・足利の
両政権をめぐる激動の時代でした。

幼少から健康に恵まれなかったこともあり、
政治には関与せず、ひたすら
精神生活に沈潜された天皇でした。
絵画・書籍の観賞や読書研究に努め、
歴代天皇の中でも、その学識や読書量は
並はずれていたといいます。

39才で出家して花園法皇となり、
京都洛西の地にあった花園離宮を
禅寺に改め、正法山妙心寺を
開創されたのがこの地の由来です。

権力に翻弄された人生ののち、
真の安心を得たいという熱い思いが

 この花園の地には込められています。

花園といえば花園天皇、
  花園天皇といえば妙心寺なのです。

花園法皇


妙心寺 伽藍


   私の生まれたところは、花園坤南町

私が生まれた「坤南町」という町名は、十二支の方角からつけられた名前です。


昭和30年代の花園坤南町

現在


京都市街の碁盤の目の、内側に住む子供と、
私のように外側で育った子供とは、微妙に違いがありました。

京都特有の町衆の世界では、昔からのしきたりや年中行事、
古い風習がいまでもたくさん残っています。

花園育ちの私なんぞは、街中の子供から見れば、田舎者か
いわゆる新興住宅地の子のようなものでした。

そうなると遊ぶところは自然に、より西側へと広がりました。
おもしろいものでまったく東の街中には興味がありませんでした。

ハイキングと称して、嵐山から保津川をのぼり、
清滝川から高尾をまわって、ヘトヘトになって
帰ってくるような遊びをしていました。

だから、私の昔の思いでは、ウエストサイドのことばかりです。


読めますか?「坤南町」(こんなんちょう)

むかしから住所を書いたときに、「坤」とうい字を
「こん」と読める人はあまりいませんでした。

一般的には使われない漢字で、当用漢字にもなくて、
運転免許証の住所をタイプで打っていた頃は
「坤」という字だけ手書きだったのを覚えています。

京都は表鬼門の「艮」(丑寅・うしとら)の方角に比叡山があり、
反対の裏鬼門を表す文字が「坤」という字なのです。

ちなみに京都の裏鬼門の守りは、松尾大社とも
石清水八幡宮とも言われ、はっきりしたことはわかりません。




「肇花亭」と、洒落てみました
  




空き家だった実家に、父の名前と地名の花園をかけて
「肇花亭」(ちょうかてい)と名前をつけました。
看板を掲げたら、それとなくいい雰囲気に・・・?

近所の人が商売でもするんですか、と聞いてきましたが、
「いえ、べつに」とこたえると、怪訝な顔をしていました。
町内の寄り合いや、お茶会をひらいたり、
友人が宿泊したりして、便利に使っています。 
HPを見ていただいた良識ある大人の方々にも、
開放していこうと思っています、ご連絡ください。


  
平安の西京極 花園と 木辻&牛若丸

平安京の頃は、この辺りが「西京極」であり、
現在のJR花園駅あたりに南北にわたる大路がありました。

そこから一本東にある「木辻通り」も、
その昔はとても大きな大路だったそうです。
現在はそんな面影の微塵もなく、
車一台がやっと通れる程度の幅しかありません。

この木辻町は源義経と縁があるともいわれており、
「吉次と牛若奥州下り」ゆかりの
義経かどでの、願王寺地蔵堂があります。

義経の首途八幡宮なら西陣にあるぞ! 
おっしゃる通り。しかし

「木辻」の音が「吉次」に通じて、金売り吉次の別宅が
この地にあったとされ、牛若丸が身を寄せたと伝えられています。

八幡宮同様、このあたりにあった屋敷の井戸から湧き出る清水で
水さかづきを交わしたと伝えられる、義経首途乃井の碑があります。

花園を東西に貫く下立売り(しもだちゅうり)通りは、
かつて近衛大路といい、たいそう大きな通りでした。

現在では妙心寺道と言いますが、30年程前に西大路通りから
新丸太町通りが嵐山まで貫通したため
町並みは大きく変わり、少しさびれてしまいました。

現在の木辻大通り 

願王寺地蔵堂

義経首途乃井

下立売り通り
  いろんな野菜で造られた ずいき御輿

町内の地蔵盆

 子供の頃には路地にいっぱい楽しみがあった

縁日の出店屋台は子どものころの楽しみでしたねえ。
お盆の妙心寺には「お精霊迎」、秋の豊作を祝う「ずいき祭り」では
北野天神の御旅所に色とりどりの野菜で作られた御輿が来て、
子供心にも、不思議な美しさに見入ってしまいました。

8月下旬には、京都特有の「地蔵盆」も行われます。
お地蔵さんの前に屋台を組み、花や餅などの供物をそなえて
「百万遍大数珠繰り」を行う子供のためのまつりです。

むかしの地蔵盆はそれは盛大なもので、
盆踊りのほか喉自慢や仮装行列までありました。
ちなみに子供の頃、素っ裸の身体を緑色に塗られた姉は、
背中に甲羅、くちばしと水かき、頭に皿をのせられて
見事な河童に仮装させられて、第三位に入賞していました。

しかし今では、子供の頃に楽しみにしていた年中行事も、
少子化のせいか、年々寂しくなっていくばかりです。

季節の行事が行えなくなっていく町内や町の増える事と
昨今の、いじめや、異常犯罪が起こることとなにか関係が・・・
と考えるのはちょっといきすぎでしょうか。





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