絵を描くことや楽器の演奏は、好きな人と、全く苦手な人に大きく分かれるような気がする。大工仕事もそんな部類に入るのではないだろうか。好きな人は道具選びから凝って玄人裸足の人もたくさんいるが、苦手な人は釘一本打てない人もいる。
日曜大工の楽しさは、奥さんに頼まれた棚を上手に修理できることではなくて、画家や音楽家が作品を仕上げることと同じ楽しみだと思う。
作品の完成度や演奏方法うんぬんではなく、とにかく何もかも忘れて没頭できる楽しいひとときなのです。
● 都会を飛び出した
都会人ほど自然に憧れる。東京暮らしをしていた私は毎月発売されるアウトドア雑誌のBe-PALがいつも待ち遠しく、月刊誌「夢の丸太小屋に暮らす」も30歳くらいから定期購読するようになっていた。

都会のマンションに住んでいては日曜大工の腕前を発揮するのは本棚を作るくらいが関の山。雑誌ばかり読んで頭の中がアウトドアで目一杯ふくらんでもやもやした毎日が続いた末、遂にそれが爆発してしまった。
俺はログビルダーになってマイログハウスに住み、田舎生活をするのだ!と都会を飛び出した時には、すでにもう37歳でした。
● ログビルダー修行
ログビルダーという仕事は、生死にかかわる危険な職業だった。直系60センチ、長さ12メートルの1トンもあるような丸太をレッカーで上げたり下げたりする作業は一歩間違うと骨折ぐらいでは済まされないし、チェーンソーを使う加工作業は腕一本を切り落とすぐらいはあっという間の危険作業だ。丸太の棟木の上を安全帯無しで道具を持ってスタスタあるくなどというサーカスまがいのことも時にはしなければならない。炎天下の屋根作業も辛かったが、真冬の高原ではディーゼルエンジンの軽油が凍るような現場で一冬仕事をしたこともあった。
そんなこんなの 8年間が長いか短いかは別にして、造り手側からログハウスを見つめることができたことで考え方もいろいろ変ってきた。

入社当時80キロあった体重も(左写真)、激務に耐えて1年で右写真のようにシェイプアップした。
私が入った会社では幸か不幸か、ログのハンドカットから、躯体組み立て、屋根葺きや内装工事まで全てを行い、時には基礎工事や左官まで自前で行ったこともあった。手を付けないのは上下水道の設備工事と電気工事(免許が必要だからあたりまえ)くらいだったという究極の職場だったために、着工から竣工までの一部始終を目の当たりにすることが出来て大変ラッキーだったといえる。
普通全ての工程は今や分業になっており、ログビルダーは年中ヤードでログを刻むだけの仕事をやらせれ、内装に入ることは珍しい。最近はログも外国で刻み組み立てだけのログビルダーというのもいるらしい。
● 会社倒産
五年後、諸事情で会社が倒産しフリーの大工になってしまった。つまり失業したわけだ。マイログハウス建設用の380坪の土地は購入済みであったがこのままでは自分の先行きもわからない時期であった。
友人大工達の手伝いをしながらフリーで仕事をしていた3年間は、2×4や在来工法の手伝いも多くなって少しログから遠ざかった。お陰で変なログ信仰もなくなって客観的にログハウスというものを見つめることができたようにも思う。
しかし今から思えばプロの世界を垣間見てしまったために、趣味としての日曜大工が楽しめなくなってしまったかもしれない。
● 日本風土とログハウス
ある大工さんが言っていた。「軒が3尺以下の建物は家じゃねえ!」と
軒(のき)とは屋根の下端で、建物の壁面より外に出ているひさしの部分のことだが、高温多湿で雨の多い日本ではひさしが3尺(90センチ)は出ていないと
建物にとっても良くないし、言い換えればちゃんとした設計でまともな仕事をしているかの目安になると言っているのだ。
徒然草にもあるように日本の家は夏に対応するように出来ていた。いかに風通しを良くするかで住みやすく、長持ちする家を作ってきたのだ。環境や風土に適応した理論にかなった家作りをしてきた。京町家や農家の古民家や合掌造りなどすべてその土地の理論にかなっている建物だった。
現代は大気汚染や温暖化、エアコンの普及、ライフスタイルの変化など様々な要因により家は機密性重視の形に変ってしまった。それはもう後戻りできないところまで来てしまったが、もう一度日本建築を見直して欲しいと思う。
ログハウスはカナダやフィンランドなど極寒の冬とカラッとした風土で誕生した建築文化だ。材木を丸ごと使うことによる抜群の断熱と保温効果を上手く使った家であり、その頑丈さは折り紙つきだが、果たして日本の風土にマッチしているのかはなはだ疑問に感じることもある。
● 夢の丸太小屋
わたしは京都郊外の低い山々が重なった、日本昔話のような背景に馬鹿でかい丸太のカナディアンログが似合うとは思えないし、マッチしないものを建設することは罪悪だとも思うようになってきた。
ログ・ハウスでは丸太を横積みにしたおなじみの工法が印象的だろうが、ノッチによる横積み工法では、構造的にコーナーのノッチからは窓や入り口などの開口部を離さなければならない。寒い自然環境には小さな開口が幸いするし、夏も乾燥した地域なら屋内も涼しく過ごせるが、高温多湿の日本では似合わない。日本では雪見障子に代表されるように縁側から座敷へのオープンアプローチによる自然との一体感を楽しんだ民族だ。ファッションとして横積みのログハウスに憧れるのは良いが、メンテナンスと住み心地の悪さにすぐに転売するひとも何人か観てきただけにそう思う。
ログハウスには、ハンドカットによるフルログからマシンカットまでいろいろあるが、P&B(ポスト&ビーム)という軸組み工法もある。ポスト&ビームとは柱と梁という意味で、古民家の柱と白壁の建物と同じだと考えてよい。そのほか筋交いを多用したティンバーフレームなど、横積み工法の三分の一の材木で建てられるし、古民家のように解体すれば再生も出来てこれからのエコロジーにも貢献できる。
立派な無垢丸太を使ったP&Bは迫力タップリで自由な間取り設計も楽しめるのだから、日本のログメーカーはもっと風土に合った、見た目にも斬新な和風テイストのログハウスを設計しても良いのではないかと思う。
●悠々日曜大工
Uターンして再び、京都という都会生活に戻った現在、郊外の田舎に昔の厩を買い、日曜大工ですこしづつ手を付けながらセカンドハウスにする計画を立てている。
テーマは「昭和30年代」。子供の頃の思い出が湧き上がるような心安らぐ空間がつくりたい。

あんなに夢中になってマイ・ログハウスを建てたかった日が懐かしい。
・・・夢の丸太小屋の夢・・・だった。
もし今、時間とお金に余裕があって住み替えるとしたならどうだろう。
私はなぜか古民家が魅力的でならない・・・
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現代風にアレンジされた移築古民家

軸組み工法のログハウス

内装は昭和30年代がテーマ |
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