生涯スポーツとして居合を習い始めた。 なんで居合なのか・・・
そう質問されると困ってしまうのだが、篠笛を習い始めたからかもしれない。
小さい頃から足も遅くて、全ての球技スポーツに才能が無かった。剣道その他の武道の経験も無く、スポーツというものにまったく縁がない人生を送ってきた。
体のいろんなところに不調を感じ始める歳になって、健康のためにもなにか生涯スポーツを見つけたいと思ってはいたのだが、これといって頭に浮かぶものも無く、まあプール付きのスポーツジムにでも通えばいいかなどと考えていた。
丁度50歳を過ぎた頃に、ひょんなことから篠笛を習い始めた。妻が習いたいので一緒に付き合ってくれというので始めたのだが、本人は早々にギブアップして、逆に私がはまり込むことになってしまった。まあそれが居合との結びつきだったのだろう。

平家物語によれば一の谷合戦により惨敗した平家方は海岸へ殺到した。
熊谷次郎直実は沖の方へ馬を泳がせている若い武将を見つけ「後ろを見せるとは卑怯、返せ、返せ」と呼んだところ、若武者は馬を戻した。二人は一騎討ちとなり、共に馬から落ちて組み合いとなった。
直実が勝って、首を取ろうと相手の顔を見れば、あまりに若く美しいので、名前を尋ねると、自らは名乗らず、直実に名乗らせた。その名前を聞いて「良き名前なり、我が名は誰かに聞けば知っている者もあろう」と言って、首を差し出した。直実はためらったが、他の味方の兵士が近付くのを見て、涙をのんで、その若武者の首をはねた。その時に、若武者の腰の笛に気づいた。
その戦の朝、陣中で聞いた美しい笛の音色は、この若武者のものであったのかと思いいたった。このことから、直実は、殺し合わねばならない戦の世に無常を感じ、出家を決意することになる(後に熊谷蓮生坊)。若武者の名は無官の大夫と言われた平敦盛(清盛の甥)であった。この笛が小枝の笛と呼ばれる通称青葉の笛である。(大本山
須磨寺HPより抜粋)
そうか、昔の武士(もののふ)は、合戦の合間に笛の音で我が心を鎮めたのだ・・・。
「そうだ笛と似合うから剣道をやろう」と安易な考え、しかしこの歳になってから習い始めるにはいかんせんおそ過ぎる。そこで思いついたのが居合だ。
そんなに激しい運動でもなさそうだしカッコいい、
こどもの頃は赤胴鈴の助にも憧れていた。
うん!これしかない。と、
またまた安易な考えで始めることにした。

「人というものは、三人集まると派閥が出来る」の言葉通り、人間関係というものはとにかく難しい。特に女性の多い篠笛サークルなどは、私などどう対処してよいのかわからないほど複雑なものがある。趣味の世界でさえそれなのだから金銭が絡む仕事や、親戚付き合い、口の悪いご近所との関係などなど、とにかく出しゃばらずに過ごすことにしている。
地域のスポーツ・レクリエーションの世界でさえも、ゲートボール殺人事件などを例に取り上げるまでもなく、人間関係や勝敗優先による選手差別などで本来楽しいはずのスポーツ環境を台無しにしていたりする。運動神経の鈍い私などは一生チームスポーツと名の付くものには入ることはできない。居合というスポーツがあって本当によかったと思う今日この頃。
居合を一言で言うのは難しい。段位はあるが勝敗がないスポーツ? 太極拳が最も近いような気がするが、「相手を切り殺す稽古をする」という観点で見ると、全く別の世界に思える。
形にこだわり、無駄を排することで究極の美を追求することでは、茶道に似ている。そして稽古を積み重ね、技が高みに行くにしたがって、人としてのたたずまいも形成されていくのは何故だろう。一芸に秀でた人だけが到達できる無我の境地なのだろうか。

ひとことだけ言える事がある。居合の稽古後、礼を終えたときの気持ちよさと、他のスポーツで汗を流した後の気持ちよさとはなにか違うものがあることだ。未熟な私にはその違いを上手く説明することは出来ない。

今、「和」が見直されています。和太鼓サークルは物凄い勢いで増えました。静かな着物ブームとも聞いています。津軽三味線、狂言師や雅楽の奏者がマスコミに大きく取り上げられていることも人気の秘密かもしれません。でもこれを流行というだけではない今の社会の欲求のような気がします。複雑な現代社会、スピードと合理性を尊ぶ西洋文化に慣れ親しんだ私たちを、本当に癒してくれるものは、DNAに刻まれた「和」の文化かもしれません。
日本では有名な、ブルースを得意とする人気グループがアメリカで公演したそうです。観客は盛大な拍手を送り「素晴らしい、とっても良く真似できたね」と誉め「ところで君達は何をやりたいんだい」と言ったそうです。彼らは帰国してからは自分達のアイデンティティーを大切にした曲作りをするようになりました。すると今まで歌って来たブルースにも益々魅力が出てきました。
外国の方に趣味は何ですかと聞かれたときに、自分が「和」の文化の何一つも体得していないことに気づきました。人は年齢を経るにしたがって自分自身を探す欲望に駆られるといいます。今、生涯学習のカルチャースクールはどこもいっぱいだとか・・・
今わたしは胸を張って「篠笛をたしなんでいます」とこたえられる様になりました。なにか小さな竹の笛一本が、日本人としての自信を与えてくれたような気がします。

こんな歳になってからやっと、学ぶことの楽しさがわかってきたような気がする。
今まで私は仕事も趣味も全てを我流で押し通してきた。またそれがどこかでカッコいいとも思っていた。先生に習うというのは億劫なものだし、下手だと馬鹿にされるのもイヤだから人知れずこっそり練習するのが楽でよかった。しかしそれは臆病者のいい訳にすぎなかった。
習い事は段階が進めば必ず壁にぶち当たる。助言してくれる先生もなく自力で壁を乗り越える能力の無い者はそこで挫折してしまう。なにか私の人生はその繰り返しだったような気がしてならない。良き師にめぐりあえると言う事ほど素晴らしいことはないと思う。
後日談だが「そんなに激しい運動ではない」とたかを括ってのぞんだ居合の稽古初日、足がつってガクガクになり日頃の運動不足を痛感させられたのは言うまでもない。
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下手でも格好だけは一人前

愛用の笛 「砂山」と命名

笛袋もいろいろあって楽しい

ハードケースも作ってみました。

バイクには笛専用のキャリングポッド


我が家の屋上簡易道場

父の形見の軍刀。居合にはまだ摸擬刀を使っている

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