バイクライフ◆京都ウエストサイド物語

 京都 嵯峨野「野々宮神社」
 

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50歳からのオートバイ


50歳を過ぎてから憧れのバイク、普通自動二輪免許をとりました。
体中すこしづつガタがきているのに危険かな?などとも思いましたが、
逆に、今を逃したらバイクに乗ることは一生無いのだぞと考え決断。
乗ってよかった!次は大型二輪へ挑戦です。


・・・・・免許を取りたかった高校時代

高校生にもなれば、一度はオートバイに憧れる。バイク熱とは青春期のはしかのようなもので、私も当然乗りたくてしょうがなかった。しかし金も無いし親に言えば反対されるのがオチなわけで、そのために、わざわざアルバイトするほどの熱意と時間も無かった。やがて車の免許を取ってしまえばバイク熱もさめてしまい、知らないうちに歳をとってしまう。そんな中年がたくさんいるのではないだろうか。


高校生になった1970年頃にCB750が登場した。
こんなでかいバイクをいったい誰が運転するんだろうと思っていたら、友人が校庭に乗り付けてきてみんな驚いた。

対抗してカワサキのマッハSS500を買った友人は、加速ではナナハンに絶対に負けないと豪語し対抗意識をむき出しにしていた。

XS650の友人はコーナリングでは絶対勝ちだと宣言していたが、数ヵ月後に複雑骨折で入院した。




    
HONDA CB750                    KAWASAKI SS500                     YAMAHA XS650

・・・・・ノーヘルが当たり前だった

多くの同級生がバイクライフを楽しんでいるのを横目に、免許を持たない僕はいつもリアシートを暖めていた。高校3年の夏に琵琶湖に泳ぎに行くことになり、友人のナナハンの後ろにまたがったが、湖西に伸びる161号線の直線道路が、走り屋には有名な道だったことを私は知らなかった。上記のイラストの通り、まだヘルメットの強制着用が無かった時代だ。ノーヘルによる時速200キロの体験など、今では考えられないだろう。後ろに座っていたのに、もの凄い風圧で開いた口が閉まらなくなったほどだった。

目的地に到着する頃、左カーブに差し掛かったナナハンはスピードオーバーで大きく右に膨らんだ。同時に前方から青色の車が迫り、あわや大事故になるところだったが間一髪すり抜けて事なきを得た。無事目的地に到着したが、右足にしびれを感じたので足元を見てみると、履いていたスニーカーの外側に一筋の青色塗料が付着していた。それ以来、「僕は一度死んだ、今は付録の人生だ」と思うようになった。

・・・・・羨ましかったあのバイク

ナナハンからモンキーまで、あの頃も様々なバイクがあって楽しかったが、友人が乗っていたバイクで一番好きで、羨ましく眺めていたバイクがあった。

ヤマハトレール250 DT1だった。



YAMAHA TRIL 250 DT-1     詳しく知りたい方はこちら




小学生の頃に見ていたテレビで大好きな番組が西部劇だった。ララミー牧場、ローハイド、ローンレンジャー、ライフルマン、拳銃無宿、名犬リンチンチン、アニーよ銃をとれなどなど、今でもすらすらタイトルが出てくるのだが、私はこの西部劇に出てくる馬が気になってしょうがなかった。従順で頭が良く、鞍に荷物や銃を積んで旅するカウボーイにあこがれたのだ。


  アメリカンクォーターホースは純アメリカ原産の品種だ。
  コンパクトな体型ながら筋肉たくましく敏捷で、
  日常の仕事や乗用馬として広く用いられた。
  クォーター・マイルの競馬を行ったことで
  クォーターホースと呼ばれるようになった。

私にはヤマハトレール250 DT-1は、まさに現代のクォーターホースに見えたのだ。小柄だがトルクがあって、どんな悪路にもへこたれない精悍な面構えは、街中で見かけてもオシャレだった。バイクは四輪には無い魅力がある。それはどんな道にも対応できる風のような自由さだと私は思う。舗装道路しか走れないような馬鹿でかいバイクより、こいつとなら、日本中いたるところを旅出来る。そんな魅力を感じたバイクだった。自動二輪の免許を取得して、最初に購入したいバイクは絶対オフロードと決めていたのもこの頃からの、DT−1の強い思い入れがあったからに他ならない。


50歳からの教習所体験記

  


・・・・・125ccオートマ限定のはずだった

キッカケは2台あった我が家の車を1台にすることにしたからだ。まあ夫婦同時に車が必要なこともあるのではということで原付バイクを購入することになった。むかし私は原付に長く乗っていたことがあり、まえまえから制限速度が時速30キロ以下では車の流れに乗ることができなくて危険だと思っていたので125ccのオートマ限定を取得して、今流行のスクーターをと考えて教習所へ向かった。
 

ヤマハ マジェスティ125F
   
教習所で事務手続と乗車予約を終えてコースを見学した。コースではたくさんの生徒が教習を受けていたが、125ccのオートマ限定を受けているのはオバチャンだけだった。よく見ると私と同年代とおぼしきオジサンも若者に混じって400ccを颯爽ところがしているではないか・・・なにかとっても自分が情けなく思えてきた。そして急にメラメラと青春の日のはしか熱が再発症しだしたのを感じた。事務所へ引き返した私は、さっき手続きをしてくれたばかりのお姉さんにもう一度声をかけていた。

・・・・・教習初日

初めての教習日は子供のように嬉しくて早く目が覚めてしまった。私が通った教習所では手袋だけを持参することになっていた。軍手である。ゴムのイボイボがついていないタイプと決められていた。ゴムのイボがあると引っ掛かりが強すぎてスムースなアクセル、クラッチワークができないからだそうだ。
事務所でカードをもらってコースの集合場所へ行きヘルメットを選ぶ。自前は許されない。安全基準に合致していなかったり、教官の声が聞きにくいものもあるそうだ。下に着用する不織布の帽子をかぶってからヘルメットを着けるので一応衛生的であるが、その紙の帽子をかぶったままウロウロしていると非常にかっこ悪かった。

・・・・・礼に始まり例に終る

教習レベルに合わせて色の違うゼッケンをつける。一番初心者は緑、中級は青、上級は赤だった。教官の合図でレベル順に全員一列になって並ぶ。名前を呼ばれたら大きな声で返事。気をつけ!礼!そして安全規則の暗証が終わり、教官による注意事項などがあってやっとバイク置き場に向かう。ひとつ間違えば怪我や事故もある教習だから、最低限の規律を大切にする雰囲気が守られている。終わりも同じく整列して礼のあと解散だ。

・・・・・年寄りを馬鹿にするな

緑ゼッケンの初日は、コースには行かない。バイク置き場でレッスンだ。まずバイクを起こしてみる。実は、入所前の事務手続きの際に、書類で私の年齢を見て不安に思ったのか奥から男性事務員が現れて「実際にどんなバイクを運転するかご覧になりますか?」と優しい声でバイク置き場に案内された。「このバイクを起こせますか?」というからスンナリ起こして見せたら、「なら大丈夫ですね」と言いやがった。
事務所に帰って手続き後に、あらかじめ乗車予約をしておくことになった。一日に乗車できるのは2時間まで、学科とシュミレーションなど合わせて卒業検定まで最低8日間必要だった。女史事務員いわく、「念のために余分に予約時間を取っておきましょうネ、最短で取れればキャンセルもできますから・・・」だと、完全にオッサンはニブイから最短で取れるわけが無いと断定されてしまった。「どうもありがとう、よろしくお願いします」と笑顔でこたえ、絶対に最短で取ってやると決心した。

・・・・・初めてのコース

今後のためにナナハンも起こす練習をしたあと、車庫でスタンドを立てて乗車しエンジンをかけてギアチェンジの練習。私が昔乗っていた原付バイクはYMAHAのGT50といって、れっきとしたトレールシリーズの一員だった。別に威張る必要は無いが、クラッチワークには慣れていたせいでエンストすることも無く教習は進んだ。1時間の教習はあっという間に終わってしまうが、最後に時間が許す限りコースを周回してよいとの指示が出た。初めて運転する400ccのバイクはズッシリ重くて、なんとも気持ちが良い。憧れのバイクライフに近づいた気がした。

・・・・・3大難関、クランク、一本橋、スラローム


歳のせいなのか、それとも元々の運動神経が鈍いのか、3大難関のどれひとつをも得意に出来るものは無かった。第一段階を終えて、ゼッケンが青に変わってもクランクでは足をつき、一本橋は脱輪、スラロームは時間オーバー。最短時間で免許をGetスルゾという心意気が少しづつ萎んできた。
やっと手ごたえを感じ始めたのは卒業検定まであと2日という頃だった。やっと半クラッチの感覚がつかめてきたのだ。おかげで低速走行には自信がついてクランクはほぼ100%成功するようになったが、一本橋とスラロームはまだ苦手意識が勝っていた。


一本橋の指導は「タンクを両足でしっかり挟み込み、視線を上げて遠くを見るように走行する」というものだが、脱輪しそうになるとついバランスを取ろうと必死で足を広げて真下を見てしまう。そこでとうとう開き直った気持ちで、「正しい姿勢のまま脱輪する」という練習を始めたらたら、少しづつ成功するようになってきた。地上から1メートルの平均台を歩いて渡れない人はまずいないだろう、しかし10メートルなら話は別だ。一本橋も同じことで幅が30センチだと思わずに1メートルだと思えばいい。気のものなのだ。



そして一番問題だったのがスラロームだった。一本橋のように気分で成功したり出来ないテクニック的難関だ。ゆっくりスラロームするとどうしても8秒は切れないように設定してある。半クラッチを使いながら遠心力を味方にして、クルンクルンとスラロームしなければならない。最初の何本かをいい感じでスラロームしても、どこかでリズムを崩すと結局タイムオーバーしてしまう。最後まで不安を抱えたまま卒業検定の日を迎えることになってしまった。




・・・・・運命の卒業検定

教習が始まったときから検定には2コースあることは教えられていた。当日どちらのコースになっても慌てないように今から覚えていくようにと言われていたのだ。コースを間違えても交通規則を正しく守って順路に復帰すれば問題は無いのだが、舞い上がった精神状態ではそれもおぼつかないだろう。コースはよく覚えておくに越したことは無い。運転技術が未熟で不合格ならしょうがないとあきらめよう。しかし、他のくだらない原因で不合格になるような失敗はしないぞ。そんなつもりで望んだ検定試験だった。私の順番は3番目だった。前の二人はどちらも20代そこそこの若者で明らかに私より運動能力は高い。

・・・・・失格者続出のスタート

一人目が出発した。1番目と言うことで明らかに緊張している様子がうかがえる。走りがぎこちない。思ったとおりコースを間違えてしまった。塔の上の拡声器から一度停車して、順路に戻るように指導されている。本人はもうパニックだ。結局検定途中で失格となり強制的にスタート地点に戻されてきた。
二人目が出発。前の生徒が失敗すると次は意外に冷静になれるものだ。順調にコースをこなしている。クランクも一本橋も、スラロームもうまいもんだ。しかし、すこし気になった部分があった。検定コースでは車線変更が何度かある、ウインカーを出して後方確認をしてから変更するのだが、なんだか後方確認の仕草が小さいように思えた。あれで教官にアピールできただろうか。ゴールに到着して、監視塔に結果を聞きに行く。帰ってきた彼の顔色ですぐに失格とわかった。

・・・・・いよいよ本番

遂に私の番が来た。今までの人生50年には幾多の喜びも悲しみもあった、それを乗り越えて此処にいるんだぞ、俺は若造のようにうろたえたりはしない! などと変なところで人生を感じたりしながらバイクを走らせる。丁寧に丁寧にを心がけて走る。後方確認もしっかりアピールだ。クランクもバッチリ。しかし・・・いよいよ苦手の一本橋とスラロームの連続が来た。ひとつ深呼吸してからクラッチをつないだ。どうにか渡り切ったがタイムが早すぎたような感触、そんな思いをめぐらせるまもなくクランクに突入。すぐに上手にスラロームしていないことがわかる。何とか素早くすり抜けなければとあせる。ああ、あと二日ほどあったら完璧だったのに!そんな思いが頭をよぎった。最後はコースを一周して、加速から急制動で締めくりスタート地点にゴールした。下車しておもむろに右手を挙げて教官に終了したことを告げる。そして結果を聞くために監視塔の階段をあがった。

・・・・・ほろ苦い合格
合格だった。遂に念願の自動二輪の免許を取得した、しかも最短で。教官から、やはり一本橋が少しショートタイムでスラロームがオーバータイムしていたと言われた。しかし、そのほかの運転が大変丁寧で減点が無いために合格したとの事だった。オジサンはうれしかった、ちょっとほろ苦い合格だった。多少のトロさも誠実さでカバーしたのだと思った。その場で「安全運転誓約書」なる文面を声を出して読むように促される。決して事故を起こさぬ誓いだ。その書類にサインをして無事卒業検定は終了した。
最後に教官が急に商売人の顔になって一言いった 「明日から大型二輪を取りに来ませんか?」


私が選んだバイク

50歳を過ぎると、もう若い頃のような運動神経は期待できないし、何をするにしても「どっこいしょ」という掛け声をかけなければならなくなってきた。そんなオヤジが、なんとか昔の夢を実現させるべく自分のバイクを選ぶ。ワクワクする楽しい時間だったが、思いのほか悩むこととなった。
毎週出かける篠笛サークルの稽古場は我が家から日本海へ向かって40キロあまり、いつも車だったがこれからは是非バイクで通いたい。遠隔地でのマシントラブルは辛いのでスピードは出なくて良いから、タフで信頼できる相棒が欲しいと思った。趣味のカメラの旅行もしたいから、十分に荷物も積めて多少の悪路も走ってほしい。タンクは大きめの長距離対応で燃費も良いならなお結構。それでいてカッコいい。そんなバイクを探したがどんなカタログを見ても見当たらなかった。

    
ホンダ XL250Rパリ・ダカール           ヤマハ SEROW250              カワサキ KLE250アネーロ

オフロードバイクは確かに魅力的だったが、いかにも走り優先でモトクロスの雰囲気も強すぎた。

    
  ヤマハ TW200                   スズキ / グラストラッカー                      KAWASAKI 250TR 

いろいろ見るうちに、昔のDT−1に近い雰囲気のカワサキ250TRが浮上した。70年代のレトロな香りを残し、ライフスタイルに合わせて自由に個性を表現できるというコンセプトにも共感できるモデルだった。しかしストリート色が強く、毎週田舎まで遠出をするには小ぶりな印象でもあった。

・・・・・一目惚れだった。

それはオートバイ・ショップ巡りをしていて偶然見つけたバイクだった。SUZUKI DF-200。スズキ・ジェベルについての知識が無かったこともあるのだが、一目ぼれだった。DF-200はジェベル200がベースでヤマハTW200の対抗車種として発売されたらしい。あまり売れずに比較的に早く廃番となってしまったので世間で走っているのをまず見たことは無かった。とにかく私はDF200のコンセプトが気に入った。

 
    DF-200                                                    ジェベル200

牧羊犬というのをご存知だろうか、牧草地で羊の番や柵追いをしたりする労働犬だが、このDF200はその牧羊犬がコンセプトだというのだ。TW200がサンドバギー的なレクリエーショナルバイクなのに対してDF200はカントリー・ワークバイクというわけだ。つまり私が探している労作馬であるクウォーターホースそのままではないか。

  

小柄ながらしっかりした骨格に燃費の良い200ccのエンジンにはオイルクーラーが付いているから長時間運転にも安心感がある。燃料タンクも13リッターあり一度の給油で300キロは走ってくれる。大きくて明るいヘッドライト周りにはガードバンパーがその無骨さを演出する。キックレバーがあるから電気系統のトラブル時にも安心。

       
  SOHC/2バルブ/空冷/4サイクル/単気筒エンジン。     プラス油冷方式。       キックレバーがあって安心。

   
   
どちらも大きなヘッドライトとガソリンタンク

そしてそして私が最も気に入ったのはリアの、感動するほど馬鹿でかい荷台だった。

  
  
  
業務用スーパカブにも負けない巨大なリアキャリー。               フロントにも便利なクリップ付きキャリー。

リアフェンダーにはこれまたでっかいゴムの泥除けが機能美に花を添える。また特筆すべきは純正マフラーの静なこと。羊を驚かせない配慮は、早朝のエンジン始動時に近所迷惑防止に大変役立っている。

     
     野暮ったいと感じるかどうかはその人次第。大きな泥よけと静かなマフラー。      RUSSINANTE

スピードが出ないとお嘆きの向きもいるらしいが市街地で不便を感じたことは無いし、トコトコ走るオヤジには変にポテンシャルの高いマシンは事故のもとだ。
のろまだがタフで粘り強く信頼できる相棒にピッタリの名前を付けてやることにした。ドンキホーテの乗るロバの名をいただいたその名は RUSSINANTE(ロシナンテ)。


・・・・・苦心の手作り車庫

せっかくの愛車を雨にさらしたくないので車庫を作ることにした。隣家と我が家の間の物置スペースを利用して格納しようと思ったが、それにはどうしてもブロック塀が邪魔だった。
電気丸ノコにダイアモンドカッターを取り付け、粉塵まみれになってブロック塀を切断し、開口部に木枠と軒屋根を組み込んで扉をハンガースライド式に取り付けた。側溝との繋ぎ目をセメントでならしてからスロープを置いて完成。ブロック切断時のあまりの騒音と粉塵に近所からヒンシュクを買ってしまった。

    
Before                 After               My Garage

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